祇園「秋紅堂」の古い経木のマッチ

祇園「秋紅堂」の古い経木のマッチ (表)

祇園「秋紅堂」の古い経木のマッチ (裏)

京都・祇園町南側に「秋紅堂(しゅうこうどう)」という和菓子屋さんがあったそうです。
創業は1897(明治30)年ごろ。
2010年あたりに店を閉じたそうです。

そのお店の経木の広告マッチです。引き出し部分も経木です。マッチ棒は入ったままでした。
古いマッチによく見かける細い軸木で、頭薬部分は赤紫色です。マッチ箱の裏側にあたる部分に貼られているラベルは京都らしいイラストですね。

僕には「八ツ橋」 – 僕はニッキの入った堅焼きの煎餅のほうの「八ツ橋」は苦手です – はわかるのですが、「豆板」がわかりません。

「デジタル大辞泉プラス」の解説によると

“祇園豆板
京都府京都市、秋紅堂が製造・販売する銘菓。豆を丸い砂糖板で固めた砂糖菓子。大豆、小豆、白いんげんなどを用いる。”

「広辞苑 第六版 for ATOK」では

“豆板
炒豆(いりまめ)と溶かした砂糖とをまぜて、平たく固めた菓子”

とありました。

おそらく僕はこの「豆板」を食べたことはないと思います。食べていたとしてもそれと気がつかなかったのでしょう。
このマッチの表のラベルに印刷されているように、「祇園豆板」は登録商標されているようです。

裏側のラベルの下の方に「京都紫竹桃本町楠公社謹製」と小さく印刷されています。
「京都紫竹桃本町」と書いて「きょうとしちくもものもとちょう」と読むのだと思います。「楠公社」についてはわかりませんでした。

そんなマッチがたるみ燐寸博物館にあります。

エーリヒ・ケストナー/点子ちゃんとアントン

エーリヒ・ケストナー/点子ちゃんとアントン
「点子ちゃん」について書くのは2度目となります。
最初は文を野田道子、絵を太田朋が手がけた「点子ちゃん(2017年2月23日のblog)」。
今回はエーリヒ・ケストナーの「点子ちゃんとアントン」。
小学生の頃に「飛ぶ教室」を読み切る力のなかった僕が今になってケストナーの児童書を子供への読み聞かせではなく、自分のために読むのも不思議な気がします。

“点子ちゃんのほんとうの名前は、ルイーゼといった。けれども、生まれてから1年というもの、ぜんぜん大きくならなかったので、点子ちゃん、とあだ名がついた(エーリヒ・ケストナー「点子ちゃんとアントン」、翻訳:池田香代子、岩波書店、2000年) 。”

ドイツで”Pünktchen und Anton”が出版されたのは1931年のことです。ケストナーの点子ちゃんはちょっとした事情で夜の街でマッチを売っています。

どのようにして、そしてなぜ点子ちゃんがマッチを売っていたのか気になっただけなんです。
僕は物語からなんらかの教訓をくみとろうと思ったわけではありません。
マッチが重要な役割をもって登場する物語は案外多いのかもしれません。

* blog内、全て敬称略です。

閉じていない三角形の形に曲げられた金属

閉じていない三角形の形に曲げられた金属

自分の名前が好きかと問われると、僕は大嫌いだと答えるだろう。
僕にとって未だに当てはまりが悪い。

「あの人、あんたと同じ名前なんやで。悪いことをしたんやで」と僕の母がテレビのニュース番組を観ながら僕に言ったには6か月ほど前のことで、「○○ちゃんはさびしい名前やねんから、孤独な人になるんや。だからパッとした派手な色の服を着せてやらなあかん」と僕の娘を前に僕の母が僕に言ったのはそれより少し前のことだ。
妻も僕も娘の名前をかなり時間をかけて考えたし、気に入っている。娘だってその名前が好きなんだと思う。。

そして今日、「○○ちゃんのことやけどな。あの子は問題児になるなっておもとるねん」と僕の娘について言った。それは僕の娘がしばしば僕の母に反論していたからだし、最近は相手にもしないからだ。

「わたしが言ったとおりになるやろ。そのうちバチが当たるんや。めぐりめぐってバチが当あたるんや。もう当たっとうわ」というのが母の口癖。

トライアングルという打楽器に名前がなければ、僕たちはその形状を説明しなければならない。

僕の名前をつけたのはあなたではないのですか?

「野村紅葉さんですか?」

「野村紅葉さんですか?」

野村紅葉さんですか?って時々訊かれるわ。夏の時期にも深い赤に色づいているから。
「ノムラモミジ」でも「ノムラコウヨウ」でもなく、「ノムラカエデ」。
山村紅葉さんじゃありません。あちらのかたのほうが才能があって、評判も高く、広く名を知られているわね。

元々は野村じゃなくて、「濃紫」が語源なんだって。でもねー、自信ないんだ。自分の名前に。
アタシがだれだったか、覚えてる人がもういないわけ。
秋から冬に枯れたように見えるんだけど、そのあとに緑色の葉がつくのよね。だからある人なんて、季節を6か月勘違いしているモミジって思ってるんだから。

まあ、名前なんてどうでもいいよね。
そんなわけでよろしくね。

さて、それじゃ、自己紹介はあなたの番ね。あなたは自分の名前が気に入ってる?

マッチ・コレクション/兵庫県知事選挙

マッチ・コレクション/兵庫県知事選挙

2017年7月2日は兵庫県知事選挙です。
思ったほど知られていませんが(と僕は思います…)、兵庫県の初代知事に任命されたのは後に初代内閣総理大臣となる伊藤博文です。兵庫県知事の時代は伊藤俊介(あるいは俊輔とも表記)だったそうです。
就任は慶応4年5月、退任は明治2年4月とされています。慶応4年はその年の9月8日に「明治」と改元されます。西暦では1868年のことです。

さて、僕の初期のマッチ・コレクションの中に「兵庫県知事選挙」のマッチがあります。
1974(昭和49)年の11月3日に行われた兵庫県知事選挙を広く知らしめるために作られたのだと思います。マッチ箱の背の部分に「兵庫県選挙管理委員会/市・区・町選挙管理委員会」と印刷されています。
僕の祖母か母か父かどこかで貰ってきたのでしょう。

側薬部分は切り離してしまったこのマッチ箱の裏に僕の手書きの日付と管理番号というほど大げさなものではないのだけれど、集めた数を把握するために書き残した数字が残っています。
それらは「S48.11.18」と「98」。