![時間軸 時間軸](https://auxiliarylines.wordpress.com/wp-content/uploads/2013/05/20130520.jpg?w=580)
僕は再び、11のパーティションで区切られたうちの1つの小さな診療室で青竹色の白衣を着た白髪交りの男と向かい合って座っている。
彼の隣には前回の診察の際にはウサギの着ぐるみを着ていたけれども、今はバニーガール姿に青竹色の白衣を纏った看護師が天井から吊されたブランコに乗って、前後にゆらゆらと揺れている。
僕はバニーガール姿の看護師が気になり、時々、目で彼女を追った。
「ああ、このことなら気にしなくていい」と彼は言った。「暑くなってきたからね」
「これも<ずれ>のせいですか?」と僕は質問をする。
「いえいえ、<ずれ>ではありません。だから気にしないでもらいたい」と彼は艶を消したシルバー色のボディのボールポイント・ペンでカルテに僕の読めない文字で何かを書きながら僕に向かって言った。
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ありがとう、デジャヴュ。
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「自分の選択が未来において、重大な誤りであると気がついたキミは、過去にタイムトラベルして、修正しなければならない過去を修正し、修正した過去が正しい未来へつながる過去からの時間軸を現在まで歩み直している。そしてその後も過去において、修正を試みている、と考えたことはないかな?」と疲れ切った目をして、消耗しきったように彼は弱々しく微笑む。
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僕は、時間を、かけて、その、説明の、意味を、理解しようと、する。
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今、見てる世界、生きている世界が現在のモノであるという確かな認識が揺らぐ。
「誤った選択のために、過去を修正しながら、現在を再構築するためにいるとする僕は、今、現在に至る過去の中に存在しているのですか? それともそれが現在なのですか?」
「よい質問だ」彼はそう短く答えると、しばらく黙り込んだので、僕は仕方なく次の質問をする。「過去といっても、周りを見渡しも昨日存在したモノは今日も存在しつづけていますよ。電車の車両だって昨日と同じように存在しているし、携帯電話だって存在する。この病院の外観だって、なにも変わってません。東京スカイツリーは存在しています」と僕。
「過去といっても、そんなに昔にさかのぼる必要もない。13日前であっても、5日前であっても、1日前であっても、極端に言えば、1分前でもよいわけなんだよ」と彼はややため息まじりに言う。「1秒前、というのは考えに混乱を起こしかねないので、考えなくていい」
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僕はウサギの看護師に視線を向ける。彼女はにこやかな表情を顔に浮かべ、僕を見つめる。まるで、やっとわかったの、とでもいうような微笑み。しかし、それは氷上で見せるフィギュアスケートの選手の顔の表現と変わらないのではないかとも僕は思う。
「よくわからない」と僕は言った。「おおよそ、1年前には、現実と非現実の境界線と言われた。そして今度は現在に続く過去を未来への正しい選択のために修正しながら生きているという時間軸の話を持ち出す」
「症状が悪化したわけではない。別の症状が現れただけのこと。どちらも現実と非現実のどちら側にいるのかよくわからないことには代わりがないはずだね」と彼は僕の目を覗き込みながら言った。「血圧を測るね」
僕は無意識に右腕を差し出す。
「上が110、下が70」と彼はカルテに書き込む。そして胸の音を確認する。
「痛みは?」と彼は訊く。
時々、ひどい痛みがあるけれど、最後がいつだったのか覚えていない、と僕は答える。
その痛みの起こるタイミングに気をつけるように、と彼が言う。有効な薬もないし、対処方法はない。時間が経過するのを待つだけでいい、と続ける。
わかっています、と言おうとして、その言葉を消去する。待つことには慣れている。
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僕は診察室のドアの方を向いて、扉を開いて外に出たとき、前後にゆらゆらと揺れてるブランコに乗っていた白衣姿のバニーガールが僕について診察室から出てきた。そして、ウサギが初めて、僕に話しかける。
「進むだけ。ただそれだけ。方向も時間も気にしなくていいの」
「通信障害」の解消しない1日が終わりに向けて、ディジタル表示の時計の数値を加算していく。
内容はフィクションであり、実在の人物・団体・事件などとは一切関係ありません、とお断りしておきます。