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東急ゴールデンホールとWAGON D’OR

東急ゴールデンホールとWAGON D’OR (1)
東急ゴールデンホールとWAGON D’OR (1)

グリル”WAGON D’OR”側のイラストも気になったのですが、反対面のビルディングがもっと気になったので、今回はその話。

かつて「東急文化会館」という複合商業施設は新宿と渋谷にあって、1956(昭和31)年12月1日に同時オープンしたそうです。
“東急ゴールデンホール”と”WAGON D’OR”があったのは「渋谷東急文化会館」のほうです。
WAGON D’OR は「黄金の馬車」の意。

1973年4月に発行された「東京急行電鉄50年史」の[Ⅴ 拡充編 昭和26年~昭和34年] -[第2章 東急グル ープの育成]によると意匠設計は坂倉準三建築研究所が担当し、”建物が鉄骨鉄筋コンクリート造り地下1 階、地上8階建て”、”7階が結婚式披露など宴会場として使用するゴールデンホール、8階が大社婚儀殿とゴールデンホールならびに天文博物館五島プラネタリウムだった”。
ということで、図案化された建物の屋上にあるドームがプラネタリウムですね。

「渋谷東急文化会館」は2003(平成15)年に閉業・解体。2012年、跡地に「渋谷ヒカリエ」が完成しました。

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純喫茶・洋食「香路(COSY)」 – 上野日活隣

純喫茶・洋食「香路(COSY)」 - 上野日活隣 (1)
純喫茶・洋食「香路(COSY)」 - 上野日活隣 (1)

“上野日活館(上野日活劇場)”は現在の地図でJR山手線と動物園通りがあたりにあったそうです。
台東区立図書館が公開する「デジタルアーカイブ」では1968(昭和43)年の「上野日活跡(上野二丁目13番付近)」という写真が公開されています。現在、跡地には「朝日生命上野ビル」が建っています。

さて、”COSY”はイギリス英語で「居心地のよい、こぢんまりした、くつろいだ、打ち解けた」の意。アメリカ英語では「COZY」が一般的なよう。
発音をカタカナにすると「コウズィー」。それに漢字の”香路”を充てた。

マッチラベルの小さなサインの”KOICHI(KOICH.かもしれない)”さんは「上野駅前にコウズィーという新しい喫茶店ができるのだが、きみきみ、ちょっと描いてみたまえ」と推薦されたか、「私が描きましょう」と名乗り出たのか、日々の創作の間にまるで流れ作業のようにこなしたのか、それはもう想像するしかありません。

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シールの日附 信用の王子銘菓「不二家」

シールの日附 信用の王子銘菓「不二家」

なんだかちょっと側薬を切り取って保管されていたマッチラベルの見えないけれど、かつては経木のマッチ箱に貼ってあったはず。
王子銘菓と「不二家」についてはこれといった資料が見当たらないが、マッチラベルを手掛けたのは子供漫画の開拓者のひとりに挙げられる宮尾しげを。
王子店は「王子駅前」に、十条店は「十条銀座駅前店」に、「権現店」と「工場」は電話番号のみで、描かれていない。
王子も十条も東京都北区。権現は東京都北区にある「王子神社」で、その近くに店があったことを示しているのだと思う。

王子銘菓ってどんなものだったのだろう。賞味期限の短い生菓子だろうか。

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東京・神保町 COFFEE MUSIC CORNER ろとんど

東京・神保町 COFFEE MUSIC CORNER ロトンド (1)
東京・神保町 COFFEE MUSIC CORNER ろとんど (1)
東京・神保町 COFFEE MUSIC CORNER ろとんど (3)

“ろとんど”はかつての東京・神保町にあったタンゴ喫茶。
神田神保町は書店の街だから、今なら買った本をどこで読むのだろう、と考えてみる。
最近は手元の空間は広がったように思うのだけれど、電車の中で読んでいる人をあまり見かけない(必ずしもすべての本が電子化されたわけではない)。
でも、家で読むのだろう、と思う。
そわそわと、いそいそと、街の喫茶店や駅の待合室で本を開く時代があっんだと思う。
かつても本は自宅に届いてたけれど、今は本だけじゃなくて、なんだった届く。

僕は”ろとんど”を訪れたことはない。いつごろなくなってしまったんだろう。

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青山北町五丁目・大通り 青山デパート(DEPT・STORE AOYAMA)

青山北町五丁目・大通り 青山デパート(DEPT・STORE AOYAMA) -2-

なんだか映画のオープニング・タイトルみたいなデザインで、素敵ですね。今からなにか始まるよ、みたいな。「青山デパート」、そんな映画がありそうですよね。
ところで、この”青山北町五丁目・大通り”ですが、どこの「青山」なんでしょう。どんな”大通り”だったのでしょう。
どこから辿っていけばいいのか、わかりません。
1966(昭和41)年10月1日、住居表示の実施により「北青山」へ編入・消滅した「青山北町」かもしれません。

しばらくたるみマッチ博物館の目立つところに飾っておきます。