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マッチ・コレクション/”いとう呉服店”と”松坂屋いとう呉服店”と”松坂屋” (マッチラベル)

マッチ・コレクション/"いとう呉服店"と"松坂屋いとう呉服店"と"松坂屋" (マッチラベル) -1-
マッチ・コレクション/"いとう呉服店"と"松坂屋いとう呉服店"と"松坂屋" (マッチラベル) -2-


1枚目の画像:
・「東京 名古屋 大阪 松坂屋いとう呉服店」
・上野、銀座、名古屋、京都、大阪に印がつけられた「実用百貨・良品廉價 松坂屋」 
・「松坂屋 東京-上野・銀座 名古屋 大阪」

2枚目の画像:
・「御入り易く 御買ひよき 良品廉価の 実用向け百貨店」 東洋燐寸株式会社製造
・「御入り易く 御買ひよき 良品廉売主義の 実用的商店」 日本燐寸製造株式会社製造
・「名古屋 いとう呉服店」

昨日に続いて「松坂屋」なのですが、今日はより古い時代の「松坂屋」のマッチラベルです(たるみ燐寸博物館所蔵)。
これらのマッチラベルは1910(明治43)年、愛知・名古屋では初となる百貨店をオープンした「いとう呉服店」の歴史の中にあるのだと思います。

これらのマッチの製造に関わった「日本燐寸製造株式会社」は1907(明治40)年に、「東洋燐寸株式会社」は1917(大正6)年に設立されました。
後に両社は「公益社」を含めて3社合併で「大同燐寸株式会社」となり「日産農林工業株式会社(現:兼松サステック株式会社)」へとつながっていくのですが、兼松サステック株式会社は2017年にマッチの製造事業から撤退しています。

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マッチ・コレクション/新愛知 – 名古屋西川端町中央マッチ社納 (マッチラベル)

マッチ・コレクション/新愛知 - 名古屋西川端町中央マッチ社納 (マッチラベル)

昨日(2021年7月24日)、「名古屋新聞」のマッチラベルについて調べることがなければ、僕はこのマッチラベルを第2次世界大戦後の愛知県の新しい在り方を広く伝えるために作られた政治的な宣伝だと思ったことでしょう。

“新愛知”とは1888(明治21)年創刊の日刊新聞で、社屋は現在の名古屋市中区の「京町通」と「本町通」が交差するあたりに建てられていたようです。
第2次世界大戦下の新聞統制により、昨日のblogに書いた「名古屋新聞」と合併し、1942(昭和17)年9月1日に「中部日本新聞」となり、1964年には「中日新聞」と社名変更し、現在に至ります。

そして、この”新愛知”のラベルを手掛けたのはかつて名古屋市中区に存在した”西川端町”という場所にあった「中央マッチ社」ということになります。




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マッチ・コレクション/名古屋新聞と共同新聞店 (マッチラベル)

マッチ・コレクション/名古屋新聞と共同新聞店 (マッチラベル)

“新聞は浮世の態の写真なり 名古屋新聞 ナゴヤ共同新聞店”

名古屋市中区にある愛知図書館公式サイトに「特徴のある資料の紹介」というページがあり、「地域の歴史を物語る貴重な資料」として”あいちの新聞”という資料が公開されています。

その資料をもとに推測すると、たるみ燐寸博物館が所蔵する”名古屋新聞”と印刷されたマッチラベルは愛知県で一番最初に発行された「名古屋新聞」のことではなく、1906(明治39)年に創刊された「名古屋新聞社」の日刊紙のことだと思います。

第2次世界大戦の中、日本では経済統制(だけではないが…)のひとつとして1941年12月に「新聞共同販売制度」が施行され、新聞社の統合が行われ、新聞各社は専属の販売店を制限されます。
「名古屋新聞社」は1942(昭和17)年8月31日に消滅しました。

マッチラベルにある”ナゴヤ共同販売店”の”共同販売店”とはその「新聞共同販売制度」を示しているはずです(“専売店”の文字もあるので過渡期かもしれない)。

「新聞共同販売制度」が崩れ、専売制が復活するには戦後の1953(昭和28)年2月まで待たなければならなかったという資料も存在しますが、そのあたりは戦前・戦中・戦後の新聞研究を進めている方々にお任せします。