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全国連合大売出し 広島専門店会 期間 3月5日-4月5日

全国連合大売出し 広島専門店会 期間 3月5日-4月5日 (2)
全国連合大売出し 広島専門店会 期間 3月5日-4月5日 (1)
全国連合大売出し 広島専門店会 期間 3月5日-4月5日 (4)
全国連合大売出し 広島専門店会 期間 3月5日-4月5日 (1)

“特賞 三菱の家電用電気用品(8点)
1等 東北一周旅行
2等 2000円の商品券
3等 1000円の商品券
4等 500円の商品券
☆ 資生堂特製オリーブ石鹸(等外景品)を漏れなく進呈
広島専門店会”

広告面を広くする工夫がされたマッチ箱です。
便宜上、「扉付きマッチ箱」としておきます。
「扉付きマッチ箱」には雑誌の綴じ込み付録みたいなワクワク感があります。
扉を開くと「特等 三菱の家電用電気用品(8点)」が描かれています。
過去にこの「扉付きマッチ箱」に記された広告にワクワクした人がいたのだと思います。
どのような抽選方法だったのでしょうね。

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広島・鐡砲屋町 純喫茶「山小屋」

第2次世界大戦以降の日本における最初の登山ブームは1956年から1970年代半ばにやってきます。喫茶店として「山小屋」という店名が珍しいというわけではありません。
山小屋のような喫茶店については、鈴木文代の著書「戦後と喫茶店」に”山に縁のある喫茶店”にうまくまとめられているので、そちらに譲ることにし、箱の状態では認識しにくい「小」もこうやって平面にしてしまうとすんなりとわかってしまうのです。
電話番号もありませんね。今ほど商圏が広くなかった時代ともいえるマッチラベルなのだと思います。

blog内、全て敬称略です。

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マッチ・コレクション/広島宝塚劇場裏西角「ポルトルージュ(Porte Rouge)」 – 広島・新天地

「ポルトルージュ(Porte Rouge)」は広島県広島市中区新天地にあったレストラン。
“Porte Rouge”はフランス語。日本語にすると「赤い扉」。今、その場所に「ポルトルージュ(Porte Rouge)」は存在しない。
赤い扉の店舗だったのか、僕にはわからない。

広島宝塚劇場ももうない。
1951(昭和26)年に「新天地劇場」としてオープン。1952年8月に「広島宝塚劇場」、1971年にレジャービル「広島宝塚会館」、2011年8月31日で閉館。
跡地に建てられたのは商業複合ビル「広島東宝ビル」。「広島ゼロゲート(ZERO GATE)」と「広島ワシントンホテル」が入居する。
「ゼロゲート(ZERO GATE)」はパルコの新たな事業モデルだったのか(神戸・三宮にもあります)。

僕はマッチラベルという形でしか「ポルトルージュ」に出会うことができなかった。

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マッチ・コレクション/帽子と洋品「東京堂」 (広島)

マッチ・コレクション/帽子と洋品「東京堂」 (広島) -1-

“帽子と洋品「東京堂」”は”広島本通り”に本店、”流川銀座”に支店があったということになりそうです(ともに現在の広島県中区)。
webの検索結果に広島県三次市にある「東京堂ししゅう帽子店」という店を見つけることができますが、何か関係があるのでしょうか。

“広島本通り”は1930(昭和5)年ごろに商店街が形づくられますが、1945年8月6日の被爆により壊滅。その後、「広島本通書商店街」として復興したとありました。
“流川銀座”に商店街が誕生するのは1947年ごろとされています。

たるみ燐寸博物館に寄贈したご家族の生活圏と時代から推測すると「戦後」と呼ばれる第2次世界大戦後の広島ということになります。
このマッチラベルに描かれているのは復興から高度経済成長期へ向かっていく日本の姿なのかもしれません。

大切に保管されていたマッチのラベル。かつては経木のマッチ箱が身にまとっていたのでしょう。

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マッチ・コレクション/専門珈琲店「ピカドン」 – 広島・呉

マッチ・コレクション/専門珈琲店「ピカドン」 - 広島・呉 (4)
マッチ・コレクション/専門珈琲店「ピカドン」 - 広島・呉 (4)
マッチ・コレクション/専門珈琲店「ピカドン」 - 広島・呉 (7)
マッチ・コレクション/専門珈琲店「ピカドン」 - 広島・呉 (8)

最初に断っておきます。文章のスリム化を図りましたがちょっと長い文章になります。

広島県呉市の中心部に位置する「花見橋筋(現:花見橋通商店街)」にあった”専門珈琲店「ピカドン」”のマッチラベル。

では、まず「ピカドン」という言葉の説明から始めるとする(ご存じの方は数行下まで飛ばして下さい)。
「ぴか」は閃光を、「どん」は爆発音を表す、1945(昭和20)年8月6日に広島市に投下された「原子爆弾」のこと。
「ひろしま復興・平和構築研究事業 報告書 広島の復興経験を生かすために - 廃墟からの再生 – 平成26年3月 国際平和拠点ひろしま構想推進連携事業実行委員会(広島県 ・ 広島市)」によると当時、広島では報道統制下、「原子爆弾」と名称は使用することがなかった。
“ところが「ピカドン」という言葉が生まれ、たちまち広が”るが、”この呼称は差し止めなかった”。

さて、”専門珈琲店「ピカドン」”ついて、調べてわかったこと。

“専門珈琲店「ピカドン」”が原子爆弾と同じ意味を持つのかどうかは探ることはできなかった。

広島県立図書館が公開している写真資料「菊池俊吉写真集」の中に1947(昭和22)年8月から10月17日に撮影されたとする喫茶「ピカドン」の写真がある。また出典が確認できないものの(おそらく個人所有なのだと思います)昭和30年代の「花見橋筋」の写真をweb上で見つけたことも加えておく。

今回は8枚の画像を載せているが、たるみ燐寸博物館にはこれ以外に2枚ある。もう少し見つけることができるかもしれない。
今で言うと「新平型(約56mm * 27mm * 9mm)」に近いマッチ箱のサイズ。
“名画 風と共に去りぬ リッツ”と印刷されているラベルがある。
1939年に製作されたアメリカ映画「風と共に去りぬ」が日本の映画館で上映されたのは1952年。
そして、”リッツ”とは「広島市中区流川町」に1956年にオープンした映画館のこと。
その”リッツ”は1999年10月に閉館され、その後は雑居ビルとして使われていたようだが、2016年ごろに建物自体も解体されたようだ。