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マッチ・コレクション/広島宝塚劇場裏西角「ポルトルージュ(Porte Rouge)」 – 広島・新天地

「ポルトルージュ(Porte Rouge)」は広島県広島市中区新天地にあったレストラン。
“Porte Rouge”はフランス語。日本語にすると「赤い扉」。今、その場所に「ポルトルージュ(Porte Rouge)」は存在しない。
赤い扉の店舗だったのか、僕にはわからない。

広島宝塚劇場ももうない。
1951(昭和26)年に「新天地劇場」としてオープン。1952年8月に「広島宝塚劇場」、1971年にレジャービル「広島宝塚会館」、2011年8月31日で閉館。
跡地に建てられたのは商業複合ビル「広島東宝ビル」。「広島ゼロゲート(ZERO GATE)」と「広島ワシントンホテル」が入居する。
「ゼロゲート(ZERO GATE)」はパルコの新たな事業モデルだったのか(神戸・三宮にもあります)。

僕はマッチラベルという形でしか「ポルトルージュ」に出会うことができなかった。

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マッチ・コレクション/帽子と洋品「東京堂」 (広島)

マッチ・コレクション/帽子と洋品「東京堂」 (広島) -1-

“帽子と洋品「東京堂」”は”広島本通り”に本店、”流川銀座”に支店があったということになりそうです(ともに現在の広島県中区)。
webの検索結果に広島県三次市にある「東京堂ししゅう帽子店」という店を見つけることができますが、何か関係があるのでしょうか。

“広島本通り”は1930(昭和5)年ごろに商店街が形づくられますが、1945年8月6日の被爆により壊滅。その後、「広島本通書商店街」として復興したとありました。
“流川銀座”に商店街が誕生するのは1947年ごろとされています。

たるみ燐寸博物館に寄贈したご家族の生活圏と時代から推測すると「戦後」と呼ばれる第2次世界大戦後の広島ということになります。
このマッチラベルに描かれているのは復興から高度経済成長期へ向かっていく日本の姿なのかもしれません。

大切に保管されていたマッチのラベル。かつては経木のマッチ箱が身にまとっていたのでしょう。

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マッチ・コレクション/専門珈琲店「ピカドン」 – 広島・呉

マッチ・コレクション/専門珈琲店「ピカドン」 - 広島・呉 (4)
マッチ・コレクション/専門珈琲店「ピカドン」 - 広島・呉 (4)
マッチ・コレクション/専門珈琲店「ピカドン」 - 広島・呉 (7)
マッチ・コレクション/専門珈琲店「ピカドン」 - 広島・呉 (8)

最初に断っておきます。文章のスリム化を図りましたがちょっと長い文章になります。

広島県呉市の中心部に位置する「花見橋筋(現:花見橋通商店街)」にあった”専門珈琲店「ピカドン」”のマッチラベル。

では、まず「ピカドン」という言葉の説明から始めるとする(ご存じの方は数行下まで飛ばして下さい)。
「ぴか」は閃光を、「どん」は爆発音を表す、1945(昭和20)年8月6日に広島市に投下された「原子爆弾」のこと。
「ひろしま復興・平和構築研究事業 報告書 広島の復興経験を生かすために - 廃墟からの再生 – 平成26年3月 国際平和拠点ひろしま構想推進連携事業実行委員会(広島県 ・ 広島市)」によると当時、広島では報道統制下、「原子爆弾」と名称は使用することがなかった。
“ところが「ピカドン」という言葉が生まれ、たちまち広が”るが、”この呼称は差し止めなかった”。

さて、”専門珈琲店「ピカドン」”ついて、調べてわかったこと。

“専門珈琲店「ピカドン」”が原子爆弾と同じ意味を持つのかどうかは探ることはできなかった。

広島県立図書館が公開している写真資料「菊池俊吉写真集」の中に1947(昭和22)年8月から10月17日に撮影されたとする喫茶「ピカドン」の写真がある。また出典が確認できないものの(おそらく個人所有なのだと思います)昭和30年代の「花見橋筋」の写真をweb上で見つけたことも加えておく。

今回は8枚の画像を載せているが、たるみ燐寸博物館にはこれ以外に2枚ある。もう少し見つけることができるかもしれない。
今で言うと「新平型(約56mm * 27mm * 9mm)」に近いマッチ箱のサイズ。
“名画 風と共に去りぬ リッツ”と印刷されているラベルがある。
1939年に製作されたアメリカ映画「風と共に去りぬ」が日本の映画館で上映されたのは1952年。
そして、”リッツ”とは「広島市中区流川町」に1956年にオープンした映画館のこと。
その”リッツ”は1999年10月に閉館され、その後は雑居ビルとして使われていたようだが、2016年ごろに建物自体も解体されたようだ。

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マッチ・コレクション/ひろしま駅前「パラシュート遊技場」

マッチ・コレクション/ひろしま駅前「パラシュート遊技場」

緑色でまとめられたマッチラベルです。おそらく経木のマッチ箱に貼ってあったのだと思います。

さて、このマッチラベルは1929(昭和4)年3月20日から5月13日まで広島で開催された「昭和産業博覧会」に関係があるんじゃないかとわずかに思いましたが、そこまで古いとは思えないので、もう少し後の時代、第2次世界大戦後の広島駅前に広がっていた闇市(あるいは旧闇市)と関係があるのかもしれません。

「マッチのラベルに用いられるとは思っていなかった。それでは両面に”ひろしま駅前”という文字を加えてみよう」というような逸話があったかどうか。

“パラシュート遊技場”とはどういったモノだったのでしょう。
気になってしかたがないのです。

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マッチ・コレクション/流川 新天地入口「石松」 – 広島・流川町

マッチ・コレクション/流川 新天地入口「石松」 - 広島・流川町

“カープの勝った日は一割安 狂人ファン”

僕は野球に関心がなくなって久しいくて、広島東洋カープの本拠地は今は「広島市民球場(現在:閉鎖)」ではなく、2009年4月から「MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島(マツダスタジアム)」なんですね。

昨日の甲子園球場での対阪神タイガース戦は5対4で広島東洋カープが勝利していますね。
今夜は「マツダスタジアム」で対ヤクルト戦です。

「マツダスタジアム」から歩いて約30分、「広島市民球場」からだと約15分、広島・流川町に「石松 三代目」という和食・日本酒の料理屋の店があって、公式サイトにある”「石松」の歴史”によると、創業は1948年(昭和23年)。
広島東洋カープのファンが多く通ったそうです。それは今も変わっていないのかもしれません。
間違えることはないと思いますが、”カープの勝った日は一割安”になったのは1950年・60年代のことです。

「石松 三代目」はCOVID-19感染拡大防止に伴う緊急事態宣言で2021年は9月30日まで休業していたそうですが、今日10月1日より営業再開ですね。

末長く愛されるお店であることと一層のご隆盛をお祈りいたします。