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S.F.GOLF LINKS. (エス.エフ ゴルフ リンクス) - 神戸市北野町四丁目トア筋突當角

S.F.GOLF LINKS. (エス.エフ ゴルフ リンクス) - 神戸市北野町四丁目トア筋突當角

“EAST SIDE OF TOR HOTEL KOBE TEL FUKIAI 3705”
“営業所 / 神戸市北野町四丁目トア筋突當角 電話葺三七〇五番 /  明石市中崎遊園地(海岸) / 徳島市助任橋南詰 電話一四七三番”

“S.F.GOLF LINKS. (エス.エフ ゴルフ リンクス)”はおそらくゴルフ場。兵庫県神戸市北野町で1908(明治41)年に開業した高級ホテル「トアホテル(Tor Hotel)」の東側にあったということでしょうか?
ホテルは1950(昭和25)年に焼失しています。

日本初のゴルフコースはA・H・グルームが1901年に六甲山麓に開設した4ホールのプライベートゴルフ場で、1903(明治36)年には「神戸ゴルフ倶楽部」となり、9ホールを有したとされています。

“S.F.GOLF LINKS.”には神戸市・明石市・徳島市内に営業所があったことがわかります。

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神戸電鉄前 幸進堂(KOSHINDO)

神戸電鉄前 幸進堂(KOSHINDO) -1-
神戸電鉄前 幸進堂(KOSHINDO) -2-
神戸電鉄前 幸進堂(KOSHINDO) -3-
神戸電鉄前 幸進堂(KOSHINDO) -4-

5年か6年くらい前だと思うのです。
神戸電鉄「湊川」駅から兵庫区役所方向に向かう「湊町線」沿いの左手、ビル2階の窓にローマ字で”KOSHINDO”の文字を見たことがあって、そのあたりをウロウロとしてことがあるのですが、そのときにはすでに店舗は見当たらなかったので、その場所にあった”KOSHINDO”とこのマッチ箱の”KOSHINDO”が同じであるのかどうか、知ることはできなかったのです。

マッチラベルには”COFFEE”の文字もあるので喫茶店だったのでしょう。
“幸進堂(KOSHINDO)”のためだけに描かれた文字と絵が素敵です。
高度経済線長期の大量生産時代を経て、このようの描き手が急激に減ったのも、マッチ衰退の要因のひとつなのかもしれないと思うことがあります。

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マッチ箱/マッチラベル モノ 雑文 文具

長澤音次郎商店

(右)諸紙文具 砂糖菓子 長澤音次郎商店 楠公前本店 電4 572 湊川支店 電5 473-3115
(左)Stationary NAGASAWA & CO TEL MOTOMACHI 572 MINATOGAWA 473-3115

神戸市兵庫区に本社を置く、1879(明治11)年創業の事務用品販売会社”長澤音次郎商店”。
問い合わせたところ、”紙文具、砂糖商としてスタートして”いることが確認できましたが、”当時の資料が現存しておりませんので、住所、電話番号等の確認が残念ながらできません”ということでした。
株式会社設立時の1950(昭和25)年より前のものだと思います。
マッチラベルに現在の社名ロゴにつながる原点に近いデザインを見ることができます。

“長澤音次郎商店”が兵庫県神戸市の街を記憶しながら、末永く愛され、発展することをお祈りいたします。

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宝塚ファミリーランド ふるさとの玩具展 53年1月1日~1月16日

宝塚ファミリーランド ふるさとの玩具展 53年1月1日~1月16日 (1)

“ふるさとの玩具展 53年1月1日~1月16日”を知らせる「宝塚ファミリーランド」のマッチ箱を寄贈された多くのマッチ箱の中に見つけました。
印刷されている”53年”とは昭和53年のこと。西暦にすると1978年。
「ヒガシマル醤油」の広告付きです。
側薬は切り取られ、広げて保管されていました。側薬を切り取る際にまっすぐに切り取ることができない(切り損なう)というのは往々にしてあることで、「宝塚ファミリーランド」の面に残る曲線がそれを物語っています。
どれくらいの広告効果があったのかは想像するしかありません。

昭和43(1968)年3月24日に撮影された「宝塚ファミリーランド(古い僕のアルバム上では父の書いた”宝塚動物園”という文字と共に残っている)」の中でとっておきの(もう使い途のない)1枚とともにここに残しておきますが、「宝塚ファミリーランド」は2003年に閉園しています。

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高級喫茶 紅葉屋喫茶店(TEA ROOM MOMIJIYA) – 神戸・中山手通2丁目三角張場上ル

関西は今、紅葉が見頃のはずなので、かつて神戸・三宮にあった”高級喫茶 紅葉屋喫茶店(TEA ROOM MOMIJIYA)”のマッチラベルです。
寄贈された1930年代、1940年代のマッチラベルの中に見つけたので、住所表記が現在とやや異なるとして、現在のトーアロードの東、生田神社の西から北に広がる場所が”中山手通2丁目”となるので、”紅葉屋喫茶店”はだいたいそのあたりのどこかにあったのだと思います。
マッチラベルに鮮やかさが欠けるのは退色したのではなく、戦争の影響なのかもしれません。