「マッチと街 – マッチがあった頃、高知の街はずっと元気であった。」

マッチと街 - マッチがあった頃、高知の街はずっと元気であった。」 (1)
マッチと街 - マッチがあった頃、高知の街はずっと元気であった。」 (2)

2018年のクリスマスの自分へのプレゼントとして買ったのは 「マッチと街 – マッチがあった頃、高知の街はずっと元気であった。」という書籍。
発行:「マッチと街」出版委員会 、企画: 信田英司、 文・編集・デザイン:竹村直也、2018年12月1日刊行。

高知の街をよく知らない僕には懐かしいというより「新しい」。
こういう形で広告マッチの本が出版されるのがうれしい。
分類すること、調べることって結構大変です。もちろんマッチ箱を撮影することも。

「こうやって燐寸を蒐集する人が多くいるっていうのは、燐寸は蒐集に値する」というある人の言葉を思い出した。

そして 「マッチ(燐寸)を通して、街を記憶する」という僕の試みは続いていくのです。

* blog内、全て敬称略です。

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マッチ・コレクション/キャバレー「白いばら」 – 東京・銀座

マッチ・コレクション/キャバレー「白いばら」 - 東京・銀座 (1)

マッチ・コレクション/キャバレー「白いばら」 - 東京・銀座 (2)

マッチ・コレクション/キャバレー「白いばら」 - 東京・銀座 (3)

僕の手元にある資料では1931(昭和6)年6月、「ニュータイガー」「白いばら」の前進となる「カフェー富士」が東京・銀座に開店しました。
この年の8月には現在の東京国際空港へと繋がっていく東京飛行場(羽田飛行場)が開港しています。
そこから87年を経て、2018年1月30日、銀座のキャバレー「白いばら」が閉業しました。

僕はキャバレーには縁がなくて、「白いばら」にも行ったことはありませんが、たるみ燐寸博物館に「白いばら」の古いマッチ箱が2種類残ることになりました。

さて、2018年11月1日から2018年12月9日まで代官山「蔦屋書店」2号館にて「さよなら、キャバレー」というフェアが開催されています。
写真集「キャバレー、ダンスホール 20世紀の夜(著:今井晶子、西村依莉、撮影:奥川純一)」については2018年3月14日のblogを読んでもらえるとうれしいのですが、その写真集を手掛けた奥川純一さん撮影のキャバレーの写真パネル展示と関連書籍のブックフェアです。

12月1日には「LOFT9 Shibuya」で西村依莉さん、都築響一さん、キャバレー「白いばら」の元ホステスで同人誌「キャバレーは今も昔も青春のキャンパス」の制作者である’郷里の娘さん”とのトークイベントがあります。
トークイベントは前売り・当日ともチケットの購入が必要です。

マッチ・コレクション/御立呑所「いない! いない! バー」 (梅田阪神地下街)

マッチ・コレクション/御立呑所「いない! いない! バー」 (梅田阪神地下街) -1-

マッチ・コレクション/御立呑所「いない! いない! バー」 (梅田阪神地下街) -2-

マッチ・コレクション/御立呑所「いない! いない! バー」 (梅田阪神地下街) -3-

御立呑所「いない! いない! バー」の古い経木のマッチはどちらが表側か裏側か確認を怠ってしまったので、「萬歳酒造」の銘酒「富貴」の広告マッチかもしれないな、と思いながら今日のblogは始まります。

1963年に「萬歳酒造」は「合同酒精」に合併されました。
日本酒のことはクルマの車種を判別できないくらい疎いので、それ以上付け加えることがありません。ピョンピョン。

御立呑所「いない! いない! バー」は1994年に岩波書店から刊行された「ビジュアルブック 水辺の生活誌 大阪は水の都(文:後藤正治、写真:西浦宏己)」に1964年の写真とともに”旧国鉄(JR)大阪駅の片隅にあった立呑み屋。安くて気軽に飲めるので、…(以下省略)”と載っています。
写真に残る暖簾には「いない! いない! バー 花の友 合同酒精株式会社」とあります。「花の友」は「合同酒精」が製造・販売する銘柄ですね。

そうすると1963年に「合同酒精」によって「萬歳酒造」が合併されるより前のマッチということになります。いつ頃から営業していたのでしょう。

御立呑所「いない! いない! バー」はJR「大阪」駅・阪神阪急「梅田」駅周辺は再開発で、今はもうないのかもしれませんが、希少な読み手のどなたかの記憶の中に残っているのだと思いたいです。

垂水区広報相談課編集・発行/垂水の歴史 – 古墳と史跡

垂水区広報相談課編集・発行/垂水の歴史 - 古墳と史跡

垂水区広報相談課が編集・発行した「垂水の歴史 – 古墳と史跡」は昭和46年11月15日発行の非売品で本文124ページ。
垂水区の一家に一冊、この小冊子が配られた時代があったのだと思うのです。垂水区に古くからお住まいの方は家の中を探してみてくださいね。

地質時代から「大歳山」の縄文遺跡、古墳時代前期の「海神社・五色塚古墳」、奈良時代の「太山寺」、平安時代の「舞子ヶ浜」、元禄時代の「岩岡のタバコ」、江戸末期の「舞子砲台跡」、大正時代の「舞子六角堂」- 間をいくつか省略していますが – 、昭和時代の「B29の爆撃」までが纏められています。

こうやって編纂された冊子が各家庭に配られた(と思う…)ことに意味があるのだと思いますが、web全盛の昨今にこういう冊子は – あってもいいと僕は思うのだけど – もう作られることはないのだと思います。

傷心鏡(しょうしんきょう)。

傷心鏡(しょうしんきょう)。

“この新たな痛みにくらべたら、古い痛み – さっき無残に切り刻まれたときに生じた痛み – などは、天国の浜辺の思い出みたいなものだ(ドゥエイン・スウィアジンスキー「解雇手当」、翻訳:公手成幸、2009年、早川書房)”

僕はカラダを切り刻まれたことはないけれど – 過去にあった心臓カテーテル検査の事故は別として -、ココロを切り刻まれたことはある。そこには古い痛みもあり、新しい痛みもある。
そして、天国の浜辺を見たことはない。

ずっと昔というほど時は経過していないけれど、古い夢の続きを見た。
それが原因かどうかわからないが、今日はカラダ中がとても痛い。
痛いからそのような夢を見たのかもしれない。
どういうふうに痛いかを説明するのは難しいが、鏡を見ればそれらの痛みが映ることがあるかもしれない、と僕は時々思う。