われわれはモノの時代に生きている。

われわれはモノの時代に生きている。

“われわれはモノの時代に生きている。つまり、モノのリズムに合わせて、モノの絶えざる連続に従って生きているのだ、今日、われわれはモノが生まれ完成して死滅する過程を目にしているが、これまでのいかなる文明の場合も、人間の世代の後に生き残ったのはモノの方であり、はるかに長い寿命をもつ道具や記念建造物の方であった(ジャン・ボードリヤール「消費社会の神話と構造」、翻訳: 今村仁司・塚原史、 1979年、紀伊國屋書店)”

日本においては、”はるかに長い寿命をもつ”はずの”記念建造物”は取り壊される傾向にあって、とても残念に思います。
つくるのも壊すのも簡単なのでしょう。維持していくほうが大変なのはわかります。

誰かにとって不便なモノは他の誰かにとってはいたって普通で、安心のできるモノであるのかもしれません。
「安全」のもつ意味は時代の中で変化しますが、「安全」は必要です。でも今なにが「安全」なのか僕にはわかりません。

そう思うのはたぶん僕が時代の変化についていけない年齢になったのでしょう。


マッチ・コレクション/キムラ珈琲館(三宮京町店:ニューセンタープラザ地階)

マッチ・コレクション/キムラ珈琲館(三宮京町店:ニューセンタープラザ地階) -1-
マッチ・コレクション/キムラ珈琲館(三宮京町店:ニューセンタープラザ地階) -2-
マッチ・コレクション/キムラ珈琲館(三宮京町店:ニューセンタープラザ地階) -3-
マッチ・コレクション/キムラ珈琲館(三宮京町店:ニューセンタープラザ地階) -4-
マッチ・コレクション/キムラ珈琲館(三宮京町店:ニューセンタープラザ地階) -5-
マッチ・コレクション/キムラ珈琲館(三宮京町店:ニューセンタープラザ地階) -6-
マッチ・コレクション/キムラ珈琲館(三宮京町店:ニューセンタープラザ地階) -7-
マッチ・コレクション/キムラ珈琲館(三宮京町店:ニューセンタープラザ地階) -8-

キムラ珈琲館のマッチ箱があります。
“川崎店”の「川崎」は神奈川県川崎市の「川崎」ではなく、”松本店”の「松本」も長野県松本市の「松本」ではありません。
「川崎」とは神戸市にある川崎重工業のことで、「松本」は神戸市営地下鉄「上沢」駅に近い”松本通”を意味します。

さて、「三宮京町筋店」は”ニューセンタープラザ地階”にあったはずですが、三宮センター街に「ニューセンタープラザ」なんてあったかな、という僕の疑問符だらけの記憶は「三宮センター街三十年史(1978年、三宮センター街連合会)」に収録されている地図の中に「センタープラザ」の南側、京町筋と生田筋に挟まれた場所に「ニューセンタービル」という表記を見つけたときに、いくつかの疑問符が消えていくようにも思いました。ジュンク堂書店三宮店やナガサワ文具センターが入居するビルです。
しかし、地上から見ても「ニューセンタービル」が僕の探している”ニューセンタープラザ”なのかわかりません。
「さんプラザ」と「センタープラザ」を東西に分ける「京町筋」に架かる「Cブリッジ」にまで上がってみました。そこから「ニューセンタービル」方向を眺めてもわからないことには変わりがなかったのです(撮影:2021年3月26日)。

マッチ・コレクション/文化人の社交サロン「ヒナドリ」(BAR HINA-DORI) – 京都・河原町四条

マッチ・コレクション/文化人の社交サロン「ヒナドリ」(BAR HINA-DORI) – 京都・河原町四条 (1)
マッチ・コレクション/文化人の社交サロン「ヒナドリ」(BAR HINA-DORI) – 京都・河原町四条 (1)

「文化」ってなんだろう、と。いわんや「文化人」においてをや。
僕は時々、そう思うのです。
そして、今でもよくわからないのが京都の地名表記なのです。

文化人[ぶんか-じん]
「明鏡国語辞典(大修館)」では”学問・芸術などの分野で活躍している人。文化的教養を身につけた教養人”。
「広辞苑 第六版(岩波書店)」では”知的教養のある人。多く社会的活動にかかわる学者・芸術家などにいう”。
「新明解国語辞典 第2版(三省堂)」では”1. 学問・芸術を仕事にする人。2. 文化的教養を身につけている人”。
「新潮現代国語辞典(新潮社)」では”学問・芸術などの分野で活躍する人の俗称”。

と各辞典ではそう説明されています。

“河原町四条”は「四条河原町」と表記するのが一般的だと思っています。

この「ひなどり」のマッチラベルはそこに通う多くの文化人の誰かが手掛けたのかもしれません。そしてここから多くの文化人が巣立っていったのでしょう。素敵なマッチ箱だと思います(撮影に際し、手元にあるマッチ棒を使用した)。