空飛びひつじ

空飛びひつじ

“そして笑った。「うん、それも悪くないかもな」 (ダーグ・ソールスター「NOVEL 11, BOOK 18 – ノヴェル・イレブン、ブック・エイティーン」、 翻訳:村上春樹、2015年、中央公論新社)”

今日の空はひつじで渋滞。
うん、ちょっと窮屈な感じがするけれど、これも悪くないかもな。

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マッチ・コレクション/第一樓 – 神戸・元町

マッチ・コレクション/第一樓 - 神戸・元町 (1)

マッチ・コレクション/第一樓 - 神戸・元町 (2)

マッチ・コレクション/第一樓 - 神戸・元町 (3)

“久しぶりで、神戸の町を歩いた。”

古川緑波の「悲食記」に収録されている「神戸」の章はそのように始まります。

「第一樓」は1947年に創業した北京料理のお店。そして「神戸市生田区江戸町」時代の経木のマッチ。
「こうべ花時計」から西に2つ目の通りにあります。「こうべ花時計」についてはblog「旧居留地15番館辺りで道を訊ねられる。(2012年9月19日)」や「こうべ花時計2018年5月(2018年6月2日)」を読んでもらえるとうれしいです。
1995年1月の阪神淡路大震災で倒壊し、翌年、現在の建物に建て替えられたそうです。
僕が新しい「第一樓」で食事をしたという記憶はありません。

そんな「第一樓」の名前が「悲食記」-「神戸」に出てきます。
確認したいことがあって、図書館で借りたB6判の日本の百人全集3「非食記(古川緑波著、1959年、東京学風書院)」の写真とともにここに残しておきます。

 

マッチ・コレクション/喫茶「一休」(神戸・新開地)

マッチ・コレクション/喫茶「一休」(神戸・新開地) -1-

マッチ・コレクション/喫茶「一休」(神戸・新開地) -2-

マッチ・コレクション/喫茶「一休」(神戸・新開地) -3-

マッチ・コレクション/喫茶「一休」(神戸・新開地) -4-

マッチ・コレクション/喫茶「一休」(神戸・新開地) -5-

マッチ・コレクション/喫茶「一休」(神戸・新開地) -6-

ブックマッチを開くと”あなたのお好みの音楽をどうぞ! ドーナツ盤デュークボックスでより一層楽しんでいただける神戸最初の球状スピーカーシステム(サンドボールスピーカー)を設置いたしました”。
僕の入力ミスではありません。「デュークボックス」です。個人的には「球状スピーカーシステム」が気になります。
マッチラベルには”ソフトアイスクリーム ¥20″、”COFFEE ¥20″、そしておそらくテレビをデフォルメし建物の形と合わせたイラストにはアンテナも描かれています。

かつて神戸・新開地にあった「一休」という喫茶店のマッチです。譲り受けた「一休」のマッチはもう少しあるのですが、それは「たるみ燐寸博物館」でご確認ください。

「新開地ダウンタウン物語(ダウンタウン研究会編、1994年、神戸新聞総合出版センター)」によると、「一休」の創業は「大正」という時代まで遡るそうです。
この書籍の”新開地食之園”という地図によると、喫茶「一休」は神戸松竹座(1976年9月30日に閉館)の近くですが、「一休」の面影はもうありません。

「神戸松竹座の簡単な説明文」と「1963年1月の神戸松竹座」と「昭和初期の新開地の写真」と「昭和10年頃の神戸・湊川新開地復元図」から構成される神戸松竹座跡の案内板と共にここに残しておきます。

マッチ・コレクション/King’s Arms(キングス・アームス) – 神戸・三宮

マッチ・コレクション/King's Arms(キングス・アームス) - 神戸・三宮 (1)

マッチ・コレクション/King's Arms(キングス・アームス) - 神戸・三宮 (2)

三宮にある神戸市役所の東側を南北に通じる道路は「フラワーロード」と呼ばれ、市役所の南には「神戸ルミナリエ」の終点「東遊園地」がある。
そして、僕の手元には「King’s Arms(キングス・アームス)」という純英国風のパブのマッチがある。譲り受けた多くにマッチのひとつだ。

「フラワーロード」を挟んで「東遊園地」の向い側あたりにあったと思う。
何度か「キングス・アームス」の前を通ったことがあるのだけれど、僕が「キングス・アームス」で食事をしたことがあるかどうか覚えていない。

川西英の画集「神戸百景」では「国際ロード」という作品にその外観が描かれ、村上春樹原作・大森一樹監督作品の「風の歌を聴け」では「僕」と「小指のない女のコ」が食事をする(大森一樹監督作品「風の歌を聴け」については2012年3月14日のblogを参照して頂ければうれしい)。

1950年ごろに営業を始め、1995年の阪神淡路大震災で閉店した。

拡大縮小。

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「重厚長大」と父は言った。そしてその意味とその対義語を僕に問うた。
繰り返されるその質問は子供の頃の僕にとって痛みだった。
そして父は結果としての薄っぺらな時代を最後まで受け入れようとはしなかった。
でも、それはそれでよかったのだと僕は思う。

“しかし血を分けた息子の内にそういう資質を目にするというのは、やはり不思議なものだ。そんな若者文化を実際に担っている息子が自分にはいるのだ。その息子は若々しさを余すところなく身にまとい、自分たちの時代の要請に怠りなく適合している(ダーグ・ソールスター「NOVEL 11, BOOK 18 – ノヴェル・イレブン、ブック・エイティーン」、 翻訳:村上春樹、2015年、中央公論新社)”