マッチ・コレクション/小さい喫茶室「ピンホール」 (元町1丁目)

マッチ・コレクション/小さい喫茶室「ピンホール」 - 元町1丁目 (1)

マッチ・コレクション/小さい喫茶室「ピンホール」 - 元町1丁目 (2)

「ピンホール」は文字通り小さい喫茶室だったのかもしれない。
その「ピンホール」があった”元町一丁目” とは区画整備される前の神戸・南京町あたりだと思う。
そして、一つの仮説。
“支那饅頭屋小路”の「支那饅頭屋」とは「ろうしょうき」かもしれない。神戸・元町には「老祥記」と「老祥紀」と2つの「ろうしょうき」があるけれど、元々は同じ店だったそうだ。

古川緑波の「ロッパの悲食記」に収録されている「神戸」の章に以下のような文章を見つけた。
やや長いので、全文は「青空文庫」で読むことが可能なので、引用しながらまとめる。

“そうだ、此の露路に、有名な豚肉饅頭の店がある。
森田たまさんの近著『ふるさとの味』にそこのことが出て来るので、一寸抄く。
……神戸元町のちょっと横へはいった、 – あすこはもう南京町というのかしら、狭い露地の中に汚ならしい支那饅頭屋があって、そこの肉饅頭の味は天下一品と思ったが…(中略)”

“その肉饅頭も、無論戦争苛烈となるに連れて姿を消したが、終戦後再開した(中略)。
ところが、それでいて、又何処のより美味い。これは、声を大にして叫びたい位だ。
昔もそうだったが、そんな風だから、今でも大変な繁盛で、夕方行ったら売切れている方が多い。
この肉饅頭の店、そんなら何という名なのか、と言うと、これは恐らく誰も知らないだろう。饅頭は有名だが、店の名というものが、知られていない。
知られていないのが当然。店に名が無いのである。
今回も、気になるから、わざわざあの露路へ入って、確かめてみた。
「元祖 豚まんじゅう」という看板が出ているだけだ。店の名は、何処を探しても出ていない。(包紙なども無地だ)
標札に、「曹秋英」と書いてあった。
兎に角、この豚饅頭を知らずして、元町を、神戸を、語る資格は無い、と言いたい(以下省略)。”

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文・絵:安野光雅/マッチの気もち

文・絵:安野光雅/マッチの気もち

マッチの箱はでてこない。もちろん僕のお気に入りのボールポイント・ペン「CROSS I.D.」も出てこない。
2014年に文藝春秋から出版された、安野光雅が文と絵を手掛けた「マッチの気もち」に登場するのは頭がオレンジ色のマッチ棒。

マッチ・コレクション/すし「ごん兵衛」- 神戸・元町

マッチ・コレクション/すし「ごん兵衛」- 神戸・元町 (1)

マッチ・コレクション/すし「ごん兵衛」- 神戸・元町 (2)

マッチ・コレクション/すし「ごん兵衛」- 神戸・元町 (3)

この場合の「すし」は「鮨」「寿司」「寿し」「鮓」のいずれかちょっとわからない。「神戸っ子 1961年5月号」に”日本一うまい神戸の寿司”という特集が組まれていて、神戸・三宮、元町近辺のすし屋が紹介されています。その中に「権兵衛寿し」と載っているのを見つけました。
神戸っ子出版事業部(服部プロセス株式会社)様より快く引用の許可を頂いたので、そこから一部引用しながらまとめてみます。

“国鉄元町駅東口高架沿い西へ4軒目を入って2軒目”。”江戸風にぎり。酒類なし。お客さんの注文に応じ、左手に「ネタ」を置き右手で「シャリ」をつかんでパッとにぎり、返す手でヒラリとカウンターの上に並べる、このにぎり方は「一発にぎり」といい、手のぬくもりをすしに伝えないのが特徴”、”1個10円、特別注文は受けません。10円ずしで気に入らない方は他店で召し上がってください。”

「神戸っ子 1961年5月号」に載った時点で”新開地で6年、元町へ来て5年”とあるので、1950年ごろに新開地で創業したんですね。「ごん兵衛」はもうありませんが、誰かの心の中で今も店は存在しているのだと思います。
譲り受けたマッチで、僕は「ごん兵衛」に行ったことはないのですが、このマッチラベルのデザインを僕は気に入っています。

火曜日と反作用

火曜日と反作用

どうして「ゾウ」だと思ってしまったんだろう。度を超えた音量のテレビが「地上最大の哺乳類が打ち上げられた」と伝える。
「ゾウ」を宇宙に送り出すことができる時代になったのか、と僕は思う。
打ち上げられたのはクジラだ。宇宙ではなく由比ガ浜に。
衰弱したクジラが海辺に流れ着く場面が出てくる小説を読んだことがある。ジェイ・マキナニーの「空から光が降りてくる」だったと思う。

マッチ・コレクション/喫茶・ビヤホール「ホワイトストア」

マッチ・コレクション/喫茶・ビヤホール「ホワイトストア」(1)

マッチ・コレクション/喫茶・ビヤホール「ホワイトストア」(2)

マッチ・コレクション/喫茶・ビヤホール「ホワイトストア」(3)

マッチ・コレクション/喫茶・ビヤホール「ホワイトストア」(4)

約921ページの「株式会社阪急百貨店25年史(阪急百貨店、1976年)」に目次を含めて、僕の数え間違えでなければ「ホワイトストア」という文字は73回出現します。
新聞広告等の資料は載っていますが、マッチについては何も記されていません。
1950(昭和25)年12月、大阪に「ホワイトストア」という名の催し物会場が開設され、翌年、食堂・喫茶として一新されます。庭園部分にはビヤガーデンを有し、店内には「銘酒スタンド」が設置されていました。
神戸の「ホワイトストア」は1954(昭和29)年7月に開業します。「ホワイトストア」は大阪と神戸以外には京都にあったようです。
たるみ燐寸博物館にあるこの「ホワイトストア」のマッチは「神戸三宮西口」にあったその広告・宣伝用に作られたのでしょうね。
マッチラベルの手前に描かれているのが食堂・喫茶、奥に描かれているのが「銘酒スタンド」なのだと思います。