マッチ・コレクション/木馬座アワー、ケロヨーン、そして美術の誕生メソポタミア展

木馬座アワー、ケロヨーン、そして美術の誕生メソポタミア展 (1)

木馬座アワー、ケロヨーン、そして美術の誕生メソポタミア展 (2)

木馬座アワー、ケロヨーン、そして美術の誕生メソポタミア展 (3)

最近、カエルやカエルのキャラクターをよく見かけるな、と思っていたのですが、6月6日は「カエルの日」だったんですね。「コックさんの日」でもあります。「コッペパンの日」ではありませんね。

「今更ながら感」満載ですが、カエルのイラストが描かれたマッチ箱の紹介です。

片面に”ケロヨーン”、背の部分に”NTV 木馬座アワー”、もう片面に”美術の誕生メソポタミア展”と印刷されたマッチ。

「木馬座アワー」は覚えていますが、「美術の誕生メソポタミア展」のことはさっぱり記憶にありません。
「木馬座アワー」って懐かしいです。知らない人には新しい番組かもしれませんね。
ケロヨンは「木馬座アワー」の中で放送されていたカエルのキャラクターです。
僕も「ケロヨーン」、「ケーロヨーン」ってまねをしていました。知らない人には新しいキャラクターかもしれませんね。
「木馬座アワー」は日本テレビ系で1966年の終わりから1970年3月の終わり頃まで、日曜日を除く毎日11時から20分間放送されていた番組ですが、午前中は幼稚園や小学校へ通っていて僕には観ることができなかったはずなので、17時30分からの再放送を観ることが多かったんだと思います。
その当時、自宅には録画する装置なんてなかったので、外で遊ぶことに夢中で家に帰るのを忘れて見逃したら、それでおしまい。「なんで録画してくれなかったんだよー」ってわめくことはできませんでした。

浦沢直樹作の”20世紀少年”でも登場人物が「バッハッハーイ」と言いますね(映画版だけかな?)。僕も「20世紀少年」です。

「美術の誕生メソポタミア展」は1967年4月22日から5月31日まで東京国立博物館で開催されました展示会です。
マッチからわかるのは主催が東京国立博物館・イラク文化情報省・東京新聞・中日新聞・東京中日新聞だったということですね。

どういう経緯で「木馬座アワー」と「美術の誕生メソポタミア展」がマッチの世界でひとつになったのか謎ですね。

それでは、今日はここまで。そしてお別れは「バッハッハーイ」。

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たむらけんじのぶっちゃ~けBar 「愛があふれてしょーがない コレクターさん大集合!」編

たむらけんじのぶっちゃ~けBar 「愛があふれてしょーがない コレクターさん大集合!」編 (1)

たむらけんじのぶっちゃ~けBar 「愛があふれてしょーがない コレクターさん大集合!」編 (2)

たむらけんじのぶっちゃ~けBar 「愛があふれてしょーがない コレクターさん大集合!」編 (3)

たむらけんじのぶっちゃ~けBar 「愛があふれてしょーがない コレクターさん大集合!」編 (4)

eo光チャンネル”たむらけんじのぶっちゃ~けBar / 愛があふれてしょーがない コレクターさん大集合! 編”がオンエアされて1週間。
僕は初回オンエア直後に、自分が映っているのがちょっと恥ずかしくて、eo光チャンネルの公式サイトで無料配信されているweb版を正面から立ち向かうことがないように観たのですが、昨日はをじっくり観て一人反省会でした。

下記URLで1か月無料配信されます。
https://eonet.jp/eohikari-ch/tamukenbar/

妻と3人の子供たちは先週こっそり観たそうです。

なるほど、笑顔が足りない。もう少し顎を引け。
なるほど、編集されて放送されなかったのはあの部分か。
なるほど、一緒に出演したB級玩具コレクターさんも薔薇雑貨コレクターさんもスタジオ収録には慣れていらっしゃるので、緊張していないね。
なるほど、声量は充分だけれど、流暢さが足りない。

などなど。

さて、オンエアされた「たむらけんじのぶっちゃ~けBar」マッチ。
白無地マッチはいろんなマッチ会社さんが作っていて、webで購入可能ですが、僕は手元にある寸二型マッチにインクジェット・プリンタ用マット紙を使って、丁寧に貼り付けました。
元のマッチ箱の色やデザインが透けて見えないように加工しています。
最終的にスタジオには3箱持って行き、手元には試作段階のマッチしか残っていません。
試作段階では紙の質や糊の強度やいかにしてマッチ箱のサイズに紙を切るかテストしたので、少しばかり破れてしまった部分があります。
詳細はたるみ燐寸博物館までお問い合わせください。

収録後、1つは吉川紙業に依頼して作ってもらったダンボール額に入れ、残りの2つは「たむらけんじのぶっちゃ~けBar」のどこかに飾られていると思います(思いたい)。

そうそう、たるみ燐寸博物館でも販売している「災害時長期保存用缶詰マッチ」も途中からですがこっそりと映っています。

* 画像は許可を得て使用しています。

マッチ・コレクション/喫茶ギルダ(Gilda) – 中之町東裏通り

マッチ・コレクション/喫茶ギルダ(Gilda) - 中之町東裏通り

僕とギルダの出会いは映画「ショーシャンクの空」でした。1994年ごろですね。でも「ショーシャンクの空」を観たときの僕はギルダを気に留めることはありませんでした。
その当時の僕はリタ・”ギルダ”・ヘイワースでもなくマリリン・”七年目の浮気”・モンローでもなくラクエル・”恐竜100万年”・ウェルチが好きだったからです。

僕がラクエル・ウェルチに出会ったのは「ミクロの決死圏」です。テレビ放映された際に観ました。同じ1966年に公開された「恐竜100万年」で僕がラクエル・ウェルチに再会するのはかなり後になります。
「恐竜100万年」は特殊効果をレイ・ハリーハウゼンが手掛けていなければ観ることはなかったと僕は思います。

さて、「喫茶ギルダ」のマッチラベルです。
店名は1946年に公開されたモノクロ映画「ギルダ(Gilda)」に由来するのでしょう。
マッチラベルのイラストはリタ・ヘイワースが演じるギルダ。印刷されている”I was true to one man once…”はその映画の中でリタ・ヘイワース”ギルダ”の台詞。

「中之町東裏通り」というのはどこにあるのでしょう?
「中之町」という地名があるのは大阪府堺市、岡山県津山市、京都府京都市、奈良県五條市、広島県三原市、三重県伊勢市など。
大きく抜け落ちていたらごめんなさい。
電話番号の”5555″だけではたどり着くことができませんでした。
結局はリタ・ヘイワースもマリリン・モンローもラクエル・ウェルチもセクスィーだということに行き着くだけでした。

リタ・ヘイワースは1987年に68歳で逝去しました。1970年前後から台詞が覚えられなくなり、わけもなく怒ったり、記憶が曖昧になっていくのをアルコールのせいだと誤解・中傷されたそうです。
1980年頃にアルツハイマー病と診断されたそうです。まだアルツハイマー病への理解が進んでいない時代でした。

 

「近代時世粧ノ内一 ほろ酔ひ」がいっぱい。

「近代時世粧ノ内一 ほろ酔ひ」がいっぱい。

今日乗った山陽電車の中で僕が見かけたのは「大正ロマン昭和モダン – 竹久夢二・高畠華宵とその時代 -」の一斉中吊ポスター。
使われているのは小早川清「近代時世粧ノ内一 ほろ酔ひ」。
2018年4月21日から7月1日まで神戸ファッション美術館で開催されている特別展のポスターでした。

展示風景 – 「加減乗除の町の音 燐寸コレクション展 3」

展示風景 - 「加減乗除の町の音 燐寸コレクション展 3」 (1)

展示風景 - 「加減乗除の町の音 燐寸コレクション展 3」 (2)

展示風景 - 「加減乗除の町の音 燐寸コレクション展 3」 (3)

展示風景 - 「加減乗除の町の音 燐寸コレクション展 3」 (4)

展示風景 - 「加減乗除の町の音 燐寸コレクション展 3」 (5)

展示風景 - 「加減乗除の町の音 燐寸コレクション展 3」 (6)

展示風景 - 「加減乗除の町の音 燐寸コレクション展 3」 (7)

展示風景 - 「加減乗除の町の音 燐寸コレクション展 3」 (8)

2018年の3月も3日経過してしまいました。
2018年2月1日に川西市郷土館で始まった「燐寸コレクション展3」は3月31日までなので、展示風景を公開してしまいましょう。

たるみ燐寸博物館所蔵のマッチ370点、川西市郷土館の敷地内にある旧平賀邸の実験研究棟で見つかった広告マッチ33点を2つの「蔵」を使って展示しています。
たるみ燐寸博物館所蔵の分厚い「燐票蒐」も何冊か展示しているので、正確なマッチの数はわかりません。
作業日は1月31日。10時頃から始めて、17時くらいまで。大きな休憩が1時間30分くらいだったような気がします。
終わって外を見るときれいな夕景でした。
作業開始から10分に1度撮影するつもりだったのですが、手持ちのカメラにそういう機能がないので、備忘録という意味で気が向いたときに撮影しました。

さて、いかに簡単で、しかも短時間に展示するかという工夫をしたつもりでしたが、ダンボール製の屏風に手を加えて、前回、前々回とは異なる仕掛け(というほど大げさではない)をしたことが現地での作業を煩雑にしてしまいました。
前回までは屏風を開いて置けばそれで終わりでしたから。

来週の末あたりに、川西市郷土館へ行って展示しているマッチを少しだけ入れ替えてみようかな、などと思っているのだけれど、それは僕の抑うつ気分がその前の日より少しでも軽くなっていたらという話です。
手間もなくできるだろうと思うことでも、僕には時間がかかってしまうし、とてもとっても気力を使うのです。