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マッチ・コレクション/喫茶と果實「フルーツホール」と高級果実食料品「近藤商店」 – 神戸・加納町交叉点山側

マッチ・コレクション/喫茶と果實「フルーツホール」と高級果実食料品「近藤商店」 - 神戸・加納町交叉点山側 (2)
マッチ・コレクション/喫茶と果實「フルーツホール」と高級果実食料品「近藤商店」 - 神戸・加納町交叉点山側 (1)
マッチ・コレクション/喫茶と果實「フルーツホール」と高級果実食料品「近藤商店」 - 神戸・加納町交叉点山側 (1)
マッチ・コレクション/喫茶と果實「フルーツホール」と高級果実食料品「近藤商店」 - 神戸・加納町交叉点山側 (1)
マッチ・コレクション/喫茶と果實「フルーツホール」と高級果実食料品「近藤商店」 - 神戸・加納町交叉点山側 (1)
マッチ・コレクション/喫茶と果實「フルーツホール」と高級果実食料品「近藤商店」 - 神戸・加納町交叉点山側 (1)
マッチ・コレクション/喫茶と果實「フルーツホール」と高級果実食料品「近藤商店」 - 神戸・加納町交叉点山側 (1)
マッチ・コレクション/喫茶と果實「フルーツホール」と高級果実食料品「近藤商店」 - 神戸・加納町交叉点山側 (9)

“旧居留地108番地
神戸開港後間もない明治初期此の場所に建てられた煉瓦造り建物の窓まわりの部分です。
窓枠には重量を支えるために御影石を三角に組んで載せ煉瓦は現在のものよりも薄いものが用いられております。
なお下の社名板は所有者が、昭和8年頃より建物の入口に掲げていたものです。”

外国人居留地108番地にかつて存在した株式会社近藤商店の銘にはそう記されていました。

株式会社近藤商店とフルーツホールのマッチラベル。
“近藤商店”は「明治」という時代の神戸・三宮で高級陶磁器などを扱う貿易会社だったそうです。
マッチラベルに小さく印刷された「加納町交叉点山側(KANOCHO)」と「旧居留地108番地」とでは場所が異なるので、どうにか接点を見つけることができないものかと神戸の街を遡って調べていってつなぎ合わせていくと、この”近藤商会”がその歴史の中で、三宮・加納町に果実店をオープンしたことがわかるのでした。

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マッチ・コレクション/TEA & WINE「エスペロ(ESPERO)」 – 神戸・元町3丁目

電話番号の下3桁、漢数字「四四四」が鍵盤のように見えるのは僕だけでしょうか?

「神戸元町商店街」の公式サイトでまとめられている”知らなそうで、やっぱり知らない 昔の元町通; 第36話 続・元町喫茶店史 – 4軒のカフェー -“に”エスぺロ”のことが載っています。

元町3丁目の山側にあった、大正14年(1925)頃の開店のカフェーで、”店主は外国航路の元船長だった”ことをあらわすマッチラベルでもあります。
“エスぺロ”のマッチラベルには他にいくつかの別ヴァージョンが存在します。
たしか川西市郷土館がこれとは異なるヴァージョンを箱の状態で保管していたと記憶しています。

“INTERNATIONAL NATIONAL TEA ROOM ESPERO”、”TEA & WINE エスペロ 神戸元町三丁目 電話三宮二四四四”

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マッチ・コレクション/コーヒー サンドヰッチ カクテル パンチ「ブラック – ホワイト」 (神戸布引電停上)

“神戸布引電停(神戸市電「布引」電停)”にあったのが”BLACK & WHITE”。”&(アンパーサンド)”を発音したのかどうかわかりません。

未だ「神戸市葺合区(こうべしふきあいく)」だったのか、既に「神戸市葺合区」だったのか、もうとっくにそうであったのか、1910年代から1940年代を10年ごとに区切ってしまうと乱暴すぎると思うし、僕にはとても捉えく時代ですが、「大正」「昭和」という時代の「葺合区」に存在したのが「ブラック – ホワイト」。

描かれているのはヒッチコックの若い頃の姿とする何かを見つけたわけではなく、画像で検索すれば簡単かもしれないとして、神戸にゆかりの著名人か、そうではなくオーナーかマスターってところかもしれない。

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庭のニワトリ。

庭のニワトリ。


家の庭をニワトリに占拠されてしまった。
僕はネクタイを締め、おそらくは雨に濡れたスーツを着てそれを追いかける。
僕はそんな夢を見た。

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マッチ・コレクション/お茶とお食事「幸福堂」、洋菓子と洋食「幸福堂」 – 宮城・仙台東一番丁

現在の仙台・一番町はかつての”東一番丁”。”とういち”という愛称で呼ばれていた時代があったのだと思います。

そんな仙台・東一番丁にあった”お茶とお食事(洋菓子と洋食)「幸福堂」”。

“幸福堂”はこの2つ以外にも多くのマッチを広告・宣伝として用いたいようです。
のちに「アムール幸福堂」となったそうですが、現存しません。

“幸福堂”の思い出は誰かの記憶の中に静かに眠っていることでしょう。