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雑文 雲漏れ陽

ナツメグ・オーバードライブ

ナツメグ・オーバードライブ

「雲漏れ陽」というのは僕の造語で、「くもれび」と読みます。「くももれび」ではありません。
定着もしていない、する気配もない表現です。

ナツメグ色が加速する空と雲の間に展開された、2021年4月最後の日の切り取れなかった「雲漏れ陽(くもれび)」は僕の記憶の中に沈めるとして、2017年11月20日以来ひさかたぶりにその一片をここに残しておきます。

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雑文

黙って洗われている。

黙って洗われている。

僕を黙らせ、昨日から深く長く降り続いた雨は今日の夕刻には止んでしまいました。
神戸の明日はにわか雨があるかもしれませんが、晴れそうです。

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マッチ箱/マッチラベル モノ 雑文

マッチ・コレクション/さくら家 – 南区河原町(なんば南海通り)

マッチ・コレクション/さくら家 - 南区河原町(なんば南海通り) -1-
マッチ・コレクション/さくら家 - 南区河原町(なんば南海通り) -2-
マッチ・コレクション/さくら家 - 南区河原町(なんば南海通り) -3-

2021年4月28日現在、大阪市には北区と西区はありますが、南区と東区はありません。
南区も東区もともに1879(明治12)年に発足し、1989(平成元)年に中央区となりました。
南区は1925(大正14)年以降、すこしずつ隣接する区へと組み込まれていったようです。

「北区」と「南区」を抜きに、大阪を「キタ」と「ミナミ」の由来について語ることはできないのですが、「なんば南海通り」に「4F:宴会場、3F:和食コーナー(4から6人用お座敷)、2F:レストラン、1F:寿司・和食・麺類・割烹、B1:喫茶sunnyla」を有する”さくら家(さくらや)”のマッチ箱はそんな「南区」の記憶を残していると言えます。
きっと”洋菓子のさくら家”として有名だったのでしょう。
「なんば南海通り」は東へ「なんば千日前通り」と続き、その「なんば千日前通り」にはキャバレーやダンスホールが入居する「味園ビル」があります。

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マッチ・コレクション/トリスバー「銀座みゆき(GINZA MIYUKI)」 – 銀座西6丁目みゆき通り

マッチ・コレクション/トリスバー「銀座みゆき(GINZA MIYUKI)」 - 銀座西6丁目みゆき通り (1)
マッチ・コレクション/トリスバー「銀座みゆき(GINZA MIYUKI)」 - 銀座西6丁目みゆき通り (2)
マッチ・コレクション/トリスバー「銀座みゆき(GINZA MIYUKI)」 - 銀座西6丁目みゆき通り (3)

1960年代、モータリゼーションを見据えた建設省の計画のもと、東京・銀座から路面電車である「都電」は廃止され、道幅の拡張により柳の並木はなくなります。
1968(昭和43)年には「銀座東」という町名も「銀座西」という町名も「銀座」に統合されます。

そのような時代、かつての東京・銀座西6丁目みゆき通りにあったトリスバー「銀座みゆき(GINZA MIYUKI)」ですが、マッチ箱には電話番号なんて印刷されていません。
今はスマートフォンや携帯電話があれば固定電話はなくても支障がありませんね。もうダイヤル式の電話機の使い方がわからないことに驚く時代でもないですしね。
でもね、かつては固定電話に価値を見出だす時代があったんです。

1960年には全国に「トリスバー」が誕生するのですが、当時の「サントリー」の営業部の皆さんの成果は「トリスバー」の看板を掲げる店のマッチ箱という形で残ることになります。
拙著「マッチ・ラベル 1950s-70s グラフィックス(2019年、グラフィック社)」に「ニッカ」「トリス」「サントリ」といった高度経済成長期の「ウイスキー戦争」を物語るバーや店のマッチ箱を載せています。

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気がかり係(きがかりかかり)

気がかり係(きがかりかかり)

人々が互いにかかわり合って生きて暮らしていく、大きくて面倒な場所で、いろいろなことがなんとなくわかりはじめる頃から僕は気が小さく、いろんなことに気を使いすぎて無口になり、とても疲れてしまった時代があって、それが突然終わり、新たな気遣いをしなければならなくなって時代がやってきて、沈黙と空虚さを埋めるために過度な表現で埋め尽くすものの、相変わらず言い出せないことがいくつかあるのです。