


拙著「マッチ・ラベル 1950s-70s グラフィックス(2019年、グラフィック社)」に「様々なバーのマッチ箱」という章があり、そこでは「ジュニーウォーカーバー」、「ニッカバー」、「トリスバー」、「サントリーバー」と分けてそれぞれのマッチ箱がいくつか載っていますが、その他のページにも高度経済成長期の「ウイスキー戦争」を物語るマッチが散りばめられています。
惹き寄せられる部分が多く、たるみ燐寸博物館でオープン当初から目立つ場所に長く飾っていた – 色んなイベントの際に展示する機会も多かった – のが、東京・銀座西4丁目のビルの地下にあったサントリーバー「最後の岸」 のマッチ箱です。
「最後の騎士」ではなく「最後の岸」です。もちろん「最後の晩餐」でもない。
ずっとこの店名とマッチ箱の絵に秘められた意味を追いかけていたのですが、「着岸」できなかったので、こういう形で公開することにしました。
1930年3月に「京橋弥左衛門町」が「銀座西4丁目」となり、1968年には住所表記としての「銀座西」は消滅しています(「銀座インズ」のように便宜上「銀座西2-2先」と「先」を付けて使用することはある)。
隠されているなにかに気がついた方はご連絡ください。よろしくお願いいたします。