








「昭和キャバレー秘史(福富太郎、1994.年、河出書房新社)」の巻末に「キャバレー史年表」という約40ページの資料があって、そこに”1983(昭和58)年4月 神戸・福原のキャバレー「雪洲」閉店”と書かれているのですが、このマッチ箱は「さんずい」がない「雪州」なので、この巻末資料に書かれているキャバレー「雪洲」のマッチ箱ではないのかもしれないのですが、なかなか美しいマッチ箱です(マッチラベルには”毎日豪華ショウ上演”と印刷されているので、キャバレーのような気もするのだけど…)。
そんな「雪州」があったのが神戸・福原。
かつて「福原遊郭」があった場所で、北に「湊川」、南に「新開地」、南北に延びる「柳筋」と「桜筋」に挟まれています。
「柳筋」の南北にはアーチが設置されています。
「桜筋」には南側にしかアーチがないのですが、それは「桜筋」の北の端近くに讃岐金刀比羅宮神戸分社があるからかもしれません。