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マッチ・コレクション/アンテノール(神戸・北野)

マッチ・コレクション/アンテノール(神戸・北野) -1-
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マッチ・コレクション/アンテノール(神戸・北野) -4-
マッチ・コレクション/アンテノール(神戸・北野) -5-

「アンテノール」は1978年の神戸に誕生した洋菓子店です。
1号店(本店)は北野坂を旧トーマス住宅(風見鶏の館)方面に上がっていく坂の途中にあったように思います。
当時は”KONDITOREI KOBE ANTENOR”と表記されていたのでしょう。

「アンテノール」は「エーデルワイス」のブランドだったんですね。「エーデルワイス」は1966年の尼崎に誕生しました。
1976年に神戸に本社を移していますが、尼崎には工場と「エーデルワイスミュージアム」があります。

「アンテノール」がロゴと文字を大きく変えたのは2012年9月。このときに大きくブランドイメージを変えたそうです。

たるみ燐寸博物館にある「神戸・北野」時代の「アンテノール」のマッチ箱。
印刷されているロゴと文字のデザインと比較するために 喫茶併設の店舗「アンテノール須磨大丸店」でロゴを確認してみました。

馬の姿も含め、馬上で槍を手にした姿から旗を掲げる姿に変更されていますね。
もちろんロゴも大きく変更されています。

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うまく説明のできないさまざまなものたちが、この壁の中でじわじわと僕を捉えようとしている。

うまく説明のできないさまざまなものたちが、この壁の中でじわじわと僕を捉えようとしている。

冬の壁は崩れては、その上に、再び建てられて、僕の周りを囲んでいく。その度に壁は高くなり、僕は深く閉じ込められていく。

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マッチ・コレクション/東京コークス株式会社

マッチ・コレクション/東京コークス株式会社 (1)
マッチ・コレクション/東京コークス株式会社 (2)

冷たい風が吹いていた今日の神戸・垂水です。
日本のエネルギーの歴史については置き去りにしていきます。

1993年に「東京コークス株式会社」と「東京液化ガス株式会社」が統合され、現在の「東京ガスエネルギー株式会社」となりました。
それより昔、1907(明治40)年に「東京瓦斯コークス」という会社が創立します。
「東京瓦斯コークス」は第2次世界大戦末期の1944(昭和19)年に「東京瓦斯会社」と合併しますが、1949年に社名を「東京コークス株式会社」として再発足するという歴史をたどってきたようです。

たるみ燐寸博物館にはそんな1949年から1993年までの「東京コークス株式会社」時代のマッチ箱が2つあることになります。
箱の形の名残しかありませんが、マッチ箱です。

どの時代にも優れたデザインのマッチ箱を作っていたんですね。

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マッチ・コレクション/穴門亭 (神戸・元町鯉川筋)

マッチ・コレクション/穴門亭 (神戸・元町鯉川筋) -1-
マッチ・コレクション/穴門亭 (神戸・元町鯉川筋) -2-
マッチ・コレクション/穴門亭 (神戸・元町鯉川筋) -3-
マッチ・コレクション/穴門亭 (神戸・元町鯉川筋) -4-

神戸のタウン誌「月刊 神戸っ子(KOBECCO) / 1961年8月号」に「うまいもんシリーズNo.6 神戸のうどん・そば・うなぎの店」という特集記事があって、「穴門亭」の創業時期には触れられていないが、”かば焼250円。うなどん200円、うなぎ定食300円”とあった。

1978年に三宮センター街連合会よって発行された「三宮センター街三十年史」に収められている”終戦後の三宮町一・二・三丁目復元図”という手書きに地図によると、現在のJR「元町」駅東口の南東角、国道21号と鯉川筋が交差する場所に「穴門亭」があったことがわかる。

マッチラベルに印刷された、筆で描かれた3本の黒い線は「通りと筋」を表わしているのかもしれない。あるいは活き活きとした「うなぎ」を表現しているのかもしれない。

こんなことを書いていると、うなぎの蒲焼きが食べたくなる。

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マッチ・コレクション/夢二郷土美術館本館 – 喫茶・土産「港」・レストラン喫茶「夢二」

マッチ・コレクション/夢二郷土美術館本館 - 喫茶・土産「港」・レストラン喫茶「夢二」 (1)
マッチ・コレクション/夢二郷土美術館本館 - 喫茶・土産「港」・レストラン喫茶「夢二」 (2)
マッチ・コレクション/夢二郷土美術館本館 - 喫茶・土産「港」・レストラン喫茶「夢二」 (3)

「夢二郷土美術館」の創設は1966年。「少年山荘」が復元・公開されたのが1979年。
「本館」は水戸岡鋭治の監修の下、2017年12月19日にリニューアル・オープンしています。

「たるみ燐寸博物館」にある「夢二郷土美術館」のマッチ箱は「本館 岡山市浜、分館 邑久郡邑久町<生家> 岡山市寺山リョービガーデン<少年山荘>」時代のものです。
おそらく1970年の終わり頃に作られた宣伝・広告マッチなのだと思います。

世の中のいろいろなことがなんとなくわかりはじめる前から、両親によく旅行に連れて行ってもらっていたのですが、今までに「夢二郷土美術館」へ行ったという僕の記憶はありません。

「神戸」という街と竹久夢二とは無縁ではなく、「神戸百景」で有名な神戸で活躍した版画家・川西英も個人的に「夢二」の作品や資料を蒐集していました。

* blog内、全て敬称略です。