音の欠如

音の欠如

僕の妻もモンブランが好きなのだけれど、僕の母もモンブランが好きだから、チョコプレートに”Merry Christmas”と書かれたモンブランは僕の妻が母のために買ってきたケーキで、昨年のクリスマスには妻が買ってきたケーキを母を交えて家族6人で食べた。

僕はどんなケーキを食べたのか、妻がどんなケーキだったのか、妻が子供たちにはどんなケーキを買ってきたのか忘れてしまった。

僕はときどき気配を消すことができる。
それと同じくらい人の気配を感じとる – 音として聞く -ことができる。
日常生活であまり役に立つ能力ではない、
時々しくじるけれど、昨日の朝、母の部屋にはもう人としての音は欠如していた。

人づてに聞いた。
「この前のクリスマスにモンブランを食べた。わたしの好きなケーキを覚えてくれて、うれしかった」と僕の母が言っていた、と。

気むずかしい母だった。
受話器から聞こえる救急隊員の指示で心肺蘇生を行いながら、そのケーキの写真のことを思い出した。

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