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内側の線。

内側の線。

季節はすれ違いざまにお互いにハイタッチするわけでもなく、僕にハイタッチするわけでもなく、境界は曖昧で、夜はもうすっかり冬の室温だから、夏に置いてきた忘れ物を取りに戻ることはできないとしても、秋にやり残したことに追いつくことはできるだろうか、と僕は思う。

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マッチ・コレクション/キャバレー「白いばら」 – 東京・銀座

マッチ・コレクション/キャバレー「白いばら」 - 東京・銀座 (1)

マッチ・コレクション/キャバレー「白いばら」 - 東京・銀座 (2)

マッチ・コレクション/キャバレー「白いばら」 - 東京・銀座 (3)

僕の手元にある資料では1931(昭和6)年6月、「ニュータイガー」「白いばら」の前進となる「カフェー富士」が東京・銀座に開店しました。
この年の8月には現在の東京国際空港へと繋がっていく東京飛行場(羽田飛行場)が開港しています。
そこから87年を経て、2018年1月30日、銀座のキャバレー「白いばら」が閉業しました。

僕はキャバレーには縁がなくて、「白いばら」にも行ったことはありませんが、たるみ燐寸博物館に「白いばら」の古いマッチ箱が2種類残ることになりました。

さて、2018年11月1日から2018年12月9日まで代官山「蔦屋書店」2号館にて「さよなら、キャバレー」というフェアが開催されています。
写真集「キャバレー、ダンスホール 20世紀の夜(著:今井晶子、西村依莉、撮影:奥川純一)」については2018年3月14日のblogを読んでもらえるとうれしいのですが、その写真集を手掛けた奥川純一さん撮影のキャバレーの写真パネル展示と関連書籍のブックフェアです。

12月1日には「LOFT9 Shibuya」で西村依莉さん、都築響一さん、キャバレー「白いばら」の元ホステスで同人誌「キャバレーは今も昔も青春のキャンパス」の制作者である’郷里の娘さん”とのトークイベントがあります。
トークイベントは前売り・当日ともチケットの購入が必要です。

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マッチ・コレクション/「Grill de Yama, BAR YAMA, 山のグリル (松竹会館川向小田急銀座ビル地階)」のブックマッチ

マッチ・コレクション/「Grill de Yama, BAR YAMA, 山のグリル (松竹会館川向小田急銀座ビル地階)」のブックマッチ (1)

マッチ・コレクション/「Grill de Yama, BAR YAMA, 山のグリル (松竹会館川向小田急銀座ビル地階)」のブックマッチ (2)

マッチ・コレクション/「Grill de Yama, BAR YAMA, 山のグリル (松竹会館川向小田急銀座ビル地階)」のブックマッチ (3)

「Grill de Yama, BAR YAMA, 山のグリル 」のブックマッチ。
紙軸のマッチ棒が1本もないので、助言をしてあげないと閉じた状態でも開いた状態でもブックマッチであることがわかりにくいですね。
ブックマッチの場合、「側薬」と表記するのが正しいのかどうかちょっと定かではありませんが、「マッチストライカー(赤燐塗布部)」はブックマッチの折り返し部分に挟み込まれるようにあります。

ブックマッチの表面は状態がよくないのですが、描かれているのは擬人化されたモグラでしょうか。店が地階にあったからモグラのイラストを用いたのかもしれません。
僕のblogに登場する「モグラくん」ではありません。
赤と黒と白だけで構成された素敵なイラストのブックマッチだと思います。

さて、銀座界隈の移り変わりについては – その速さも含めて – 僕は詳しくないので、このブックマッチの裏面にある”松竹会館川向小田急銀座ビル”をどのように解釈すればいいのかわかりません。
「松竹会館」とは1956(昭和31)年に竣工し、2002(平成14)年には「築地松竹ビル(銀座松竹スクエア)」となった築地1丁目あたりのことでしょうか。
そうであれば”川向”の「川」とは築地川でしょうね。
「小田急銀座ビル」は「松竹会館」と築地川を隔てて反対側にあったということかな(間違っていたらごめんなさい)。その地下にお店があったのでしょう。

東京23区内の市内局番が3桁から4桁へ変更されたのは1991(平成3)年。それに先だって、東京都では1988(昭和63)年から一部のエリアで市内局番の4桁化が進められました。

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第10回北の燐寸アート展2018

第10回北の燐寸アート展2018

僕が毎回行きたくても行くことができなかった”燐寸をテーマ&イメージしたアート作品”展「北の燐寸アート展」が今年は神戸でも開催されます。
「マッチの歴史紹介パネル」「芹澤銈介、川上澄生が作った燐寸燐票」「北海道で製品化された燐寸燐票」「加藤豊コーナー(復刻レトロマッチ他)」「岡山県立美術館制作”マッチラベルのシイセカイ”」「マッチ関連図書」「マッチアート アーカイブコーナー」「ワークショップコーナー」等の特別展示や関連行事もあるようです。

「札幌展」は2018年11月20日から2018年11月22日ということで、今日で終わってしまいましたが、「神戸展」は2018年12月7日・8日・9日(10:00 – 18:00、最終日は13:00まで)の3日間、「北野工房のまち・3階講堂」で開催されます。

“北の燐寸アート展は、北海道の苫小牧地方がかつてマッチの軸木、製函工場のまちとして知られていた歴史を現代に引き継ぎ、アートとして発信しようと企画”されたものです。

僕はこの展示に作品を出していませんが、いつか「新しいマッチのかたち」を伝えていきたいと思っています。
そうそう、忘れていました。この「北の燐寸アート展2018」のフライヤーというのか広告チラシが40枚ほど「たるみ燐寸博物館」にありますので、欲しい方はご予約の上、来館いただければうれしいです。

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木版画

木版画 (1)

木版画 (2)

木版画 (3)

僕の子供の頃の絵を見てもらってもあまり意味はないし、惹きつけるなにがそこにあるとは思っていなくて、僕が自分の過去のモノをいろいろ処分していかなければ、僕の子供たちの作品や本を保管していく場所がなくなるので、もう少しお付き合いいただければうれしいです。

僕が小学校3年生から5年生にかけて学校の授業で製作した木版画3枚。
1枚目はどういう課題があって作ったのか覚えていないのだけれど、2枚目は「働く人」だったと思うし、3枚目は物語を聞いて作ったように記憶しています。
学校指定の彫刻刀ってそれほど優秀じゃなかったのか、僕の彫刻刀を使う技能があまりのも未熟だったのか、うまく彫ることができなかったような気がします。

木版画は僕の妻のほうが得意で、子供が生まれ、忙しくなるまで、毎年、妻の年賀状は「一版多色刷り」の版画でした。

今、ちょっと版画に興味があります。「すっごい」ことはできそうにないけれど。