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銭湯天水湯

銭湯天水湯

‎2014‎年‎4‎月‎23‎日に撮影した「銭湯天水湯」の煙突。垂水の駅近くにあった「天水湯」は1951年に開業し、2015年9月30日に閉業しました。
銭湯の正面や側面には地方政治関係のポスターが貼ってあったので、それを避けて撮影することは難しいことだったので、その写真は載せません。
もうとっくの昔に煙突もなくなり、跡地は時間貸駐車場となっています。

「銭湯天水湯」に行く機会は一度もありませんでしたが、僕が生まれ育った時代、小さな町では銭湯の煙突はどの建物よりも高かったと記憶しています。
そして、「文化」ってなんだろうと考えた「文化の日」でした。

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傷心鏡(しょうしんきょう)。

傷心鏡(しょうしんきょう)。

“この新たな痛みにくらべたら、古い痛み – さっき無残に切り刻まれたときに生じた痛み – などは、天国の浜辺の思い出みたいなものだ(ドゥエイン・スウィアジンスキー「解雇手当」、翻訳:公手成幸、2009年、早川書房)”

僕はカラダを切り刻まれたことはないけれど – 過去にあった心臓カテーテル検査の事故は別として -、ココロを切り刻まれたことはある。そこには古い痛みもあり、新しい痛みもある。
そして、天国の浜辺を見たことはない。

ずっと昔というほど時は経過していないけれど、古い夢の続きを見た。
それが原因かどうかわからないが、今日はカラダ中がとても痛い。
痛いからそのような夢を見たのかもしれない。
どういうふうに痛いかを説明するのは難しいが、鏡を見ればそれらの痛みが映ることがあるかもしれない、と僕は時々思う。

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ドゥエイン・スウィアジンスキー/解雇手当

ドゥエイン・スウィアジンスキー/解雇手当

“よきものはみな、破壊される可能性があるのだということを。(ドゥエイン・スウィアジンスキー「解雇手当」、翻訳:公手成幸、2009年、早川書房)”

図書館で「ジャケ借り」した一冊。
2001年9月11日以降のある年の土曜日に始まる小説で、コピーライトのページや目次やその他のページがあるので、ドゥエイン・スウィアジンスキーの「解雇手当」は9ページ目から始まり、その4ページ後に最初の「大きな事件」が描かれ、「海外ドラマ」並のスピードで「大きな事件」が繋がっていきます。

今日のblogの冒頭で引用した文章はこの「解雇手当」の中で、ぶっ通しで奏でられていた数字付き低音、そして心臓が血液を送り出す音なのかなと僕は思うのです。

読書感想文向きの小説ではありません。

* blog内、全て敬称略です。