マッチ・コレクション/子安牛乳・子安農園(マッチラベル)

マッチ・コレクション/子安牛乳・子安農園(マッチラベル)

「子安農園」のマッチラベル。子安牛乳ブランドが有名だったそうです。
大正2(1913)年、三菱財閥創始者である岩崎家が横浜ホテル等の跡地を利用した種豚の飼育を計画し、1914年3月に開園したのが「子安農園」です。
場所は「神奈川県橘樹郡旭村(たちばなぐんあさひむら)」という資料を見つけたので、現在の横浜市鶴見区と横浜市神奈川区あたりになるのだと思います。
1919(大正8)年に「子安農園」は立川分室を開園、1921年に立川養豚場と改称し、種豚の生産・配布を行っていました。
1931(昭和6)年には高浜虚子がその立川養豚場に出かけて句を作ったそうです。

「子安農園」は多くの畜産事業を手掛け、日本の畜産振興に大きく貢献しましたが、1953(昭和28)年に閉園しました。

「子安農園」がなくなったあとは「子安農園ゴルフ練習場」がその名前を残していましたが、その「子安農園ゴルフ練習場」も2014(平成26)年に閉鎖・解体されたそうです。

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マッチ・コレクション/子安牛乳・子安農園(マッチラベル)” への3件のフィードバック

  1. 当年87歳のオババです。子供の頃の思い出の一つが子安牛乳でした。数年前からネットで探していましたが、やっとこの記事で手がかりが見つかりました。当時の自宅は権現山の周辺で、眼下に幸ヶ谷小学校が見えるところでした。
    ある日、母に子安牛乳の牧場に連れて行ってもらいました。白い明るい建物だったような気がします。そこでちょっと待ってたら、中に案内され、廊下から牛を見せてもらいました。そこではなにか楽しげな音楽が聞こえていました。お店の人が「牛は音楽を聞くとお乳をいっぱい出すんだよ。音楽が好きなんだよ」と教えてくれました。これはとても面白い話だったので、ずっと覚えていました。
    長い長い年月がたって、地図を見ても皆変わってしまい、戦争のおかげで友達もばらばらになってしまいましたが、今、子安の情報が入って来てたいへん嬉しく思いました。ありがとうございます。

    いいね: 1人

    1. 山本恭子さま、こんばんは。

      こちらこそ、ありがとうございます。

      “牛立ちて二三歩あるく短き日”
      これが高浜虚子が子安農園にて読んだ句です。

      1930(昭和5)年から1933(昭和8)年の立川の地図を見ると、子安農場立川養豚場の東側に飛行学校、陸軍の飛行場があったようですね。
      陸軍の敷地拡張により、子安農場立川養豚場は1938(昭和13)年に神奈川県高座郡和村鶴間に移転しています。

      いいね

      1. さっそくお知らせをいただき、ありがとうございました。私の生まれる前のことまで教えていただき、たいへん嬉しく思いました。どうもありがとうございました。

        いいね: 1人

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