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はなでんしゃをみて

はなでんしゃをみて

“はなでんしゃをみて
家の人とで こうべのだいまるにいくとちゅうで はなでんしゃを見ました。
花がしでんについてあります はじめなにかわからなかったけど おかあさんが「あれがはなでんしゃよ。」といってくれました。
ぼくは「きれいだなあ。」といいました。
こうべ市はしでんがなくなるのです。
ぼくは「しゃしんがあればうつせるのになあ。」とおもいました。
はなでんしゃは、黒いじどう車のあとについていきまいた。
はなでんしゃのまえに、人が、
たっていました。
はなでんしゃの前とよことうしろに70年、こうべ、とかいてありました。
はなでんしゃの形はかわっていきました。 たくさんの人が花でんしゃをみおくっていました。
花でんしゃがとおりすぎるまで、ほとんどの人はわたっていませんでした
しんごうが青になりました。
みんなははなでんしゃをみおくりながらおうだんほどうをわたりました。”

と「作文帳」という紙が貼られたA5サイズの「神戸ノート」の国語帳に書いています。

担任がコメントを書き添えてくれていますが、それはピョーンピョンと飛ばしてしまいます。
赤いペンで修正された誤字は「打ち消し」線で消した部分です。

このように書いた「花電車」の光景を僕がほとんどうまく覚えていないのはこの作文が自分の言葉で書かれたわけではないからでしょう。