奥摩耶遊園のマッチ箱

奥摩耶遊園のマッチ箱 (1)

奥摩耶遊園のマッチ箱 (2)

奥摩耶遊園のマッチ箱 (3)

奥摩耶遊園のマッチ箱 (4)

2017年5月9日の朝日新聞大阪本社版夕刊に「神戸にマヤ遺跡? 廃墟ホテル ツアー繁盛 摩耶山」と題した記事が載りました。
廃墟として残った建物が有名になってしまった「旧摩耶観光ホテル」。

さて、たるみ燐寸博物館には「奥摩耶遊園」とラベルに印刷された経木のマッチ箱があります。引き出し部分も経木です。僕の最近のお気に入りのマッチ箱。
海抜約700mの八洲嶺(はっしゅうみね)と呼ばれる摩耶山頂あたりから見下ろす街並みとロープウェーのイラストが描かれています。側面には「ホテル」「ハウス」「グリル」「遊園地」の電話番号があります。

「ホテル」とは「ホテル摩耶観光荘」のことです。昔の摩耶山の資料に見つけた「ホテル摩耶観光荘」の電話番号「8-3783」とマッチラベルにある番号が一致しています。「かまぶろ」が有名だったそうですね。
「ハウス」とは「奥摩耶ハウス」のことですね。これも電話番号「8-9521」が一致するので間違いないでしょう。”播州灘、大阪湾を眼下に見下ろし遠く淡路、紀伊の山々を望む羨望絶佳の八洲嶺の西橋に位し200名を収納できる関西随一のユースホステル”だったそうです。
「遊園地」とは「奥摩耶遊園地」です。
「グリル」がどの施設を示しているのかわかりませんでした。

「ホテル摩耶観光荘」は1954(昭和29)年から1970(昭和45)年ごろまで営業していましたが、解体され、「神戸市立国民宿舎神戸摩耶ロッジ」が建設されました。現在の「オテル・ド・摩耶」という宿泊施設がある場所ですね。

僕が便宜的に名付けている「空中索条式箱形乗客運搬装置」はこの摩耶山では「ロープウェー」という表記で、神戸・須磨浦公園の場合は「ロープウェイ」ですね。六甲・有馬のそれは「ロープウェー」です。
僕は子どもの頃からつい先ほどまで「プ」と「ウ」の間に長音符「ー」が入った「ロープーウェー」って発音してました。

奥摩耶ではロープウェーが運行を開始したのは1955年ごろだそうです。
初代のロープウェーは白を基調として濃いグリーン色の模様が描かれていました。色の表現はこのマッチラベルでは確認できませんが、このデザインってどこかで見たことがあるよね、って感じた人は神戸市営バスの車体を後ろからじっくりと眺めてみたことがある人なんでしょう。

マッチラベルにある「奥摩耶遊園」の「園」の文字の左にある高圧送電線の鉄塔のような建造物は駅と駅の中間地点に建つたった1基のロープの支柱だと思います。

遠い昔に「たった1基の支柱」に怯えた僕が今ここにいます。

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