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マッチ・コレクション/野田屋食料品部

マッチ・コレクション/野田屋食料品部 (1)

マッチ・コレクション/野田屋食料品部 (2)
「野田屋 天満橋」「野田屋 北浜」をキーワードにwebを検索すると、おそらく1921(大正10)年に建てられた地下1階地上3階の鉄筋コンクリート造りの西洋建築を模して造った建物にたどり着くはずです。
後に5階建に増築されたそうです。
1947(昭和22)年、野田源次郎から青山喜一の手に渡る「旧野田源次郎邸」、現在の「青山ビル」です。

野田源次郎が大阪の天満橋・北浜に設立したのが「野田屋」です。輸入高級食料品店やレストランを経営していたそうです。
「野田屋」に関しては野田源次郎の邸宅であったこの洋館のほうが有名なようで、僕の思い当たるところでいろいろと調べてもらっているまっただ中という状況にあって、まだ時間がかかりそうなので、「野田屋」と「野田屋食料品部」が同じであると仮定して話を進めます。
経木のマッチ箱のラベルには”BUSINESS MENS LUNCH”、”HOME-LIKE DINNER”、”BEST RESTAURANT Nodaya”、”NODAYA 天満橋 北浜 野田屋食料品部”と印刷されています。

といってもそう多く追加することはなさそうなので、1930年代の日本で喜劇俳優として活躍した古川緑波の「古川ロッパ昭和日記」に「野田屋」を見つけたので、そこから引用します(「古川ロッパ昭和日記」は「青空文庫」で読むことが可能です)。

“昭和十三年
五月十七日(火曜)
十一時迄ぐっすりねた。誰か遊びに来ないかと待ってみたが誰も来ない。(中略) …誘って、サンボアへ、明石鯛の味忘れられず、野田屋からとらしたのを肴にのむ、うまい。大阪の町も、馴れてみるとさして変りなし。”

“昭和十四年
三月六日(月曜)
十一時すぎ迄ねる。女房と出て、北浜の野田屋で食事、うまくはない。それから国枝といふ理髪店へ。”

“昭和十四年
七月十八日(火曜)
十二時すぎ迄、ぐっすり――暑くて/\じり/″\汗が出る。北浜の理髪屋国枝へ行き、理髪する。一人で野田屋へ行って、フランス特別定食てのを食った。中々よろしい。殊にフィッシュ・インディアン・スープてふのがいゝ。”

“昭和十四年
十月三日(火曜)
十一時頃迄ねた。二時出かけ、大毎前のピーコン・コーヒ店で待ち合せ、(中略) …雨の中を、野田屋でハヤシライス食って電車に乗り、(あゝ電車てものゝ辛いこと)梅田迄。”

「旧野田源次郎邸(現青山ビル)」の1階には丸福珈琲店「北浜店」がありましたが2014年頃に閉店となったようです。
僕は北浜にいく機会が多かったのですが、「旧野田源次郎邸(現青山ビル)」も知りませんでしたし、一度も丸福珈琲店「北浜店」にいくことはありませんでした。

* blog内、全て敬称略です。

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