僕の母の子供たちに対する態度は梅雨の湿気だらけの不快感と似ている。
僕が子供の頃の家庭での食事の時間は楽しいものではなかった。ひとりで食事をしなくてはならなかった、という事情ではなく、家族に会話はなかった。だれが会話を禁じたのか、僕は覚えていない。
そして母と一緒に暮らす今、そのルールは僕の子供たちに向けられる。僕と僕の子供たちが反論する。
食事が楽しくない。
「一日中、よう泣いて、よう大きな声出して、よう学校に行けるな。なんであんなんなんや」と母が僕と僕の子供たちに向かって言う。独り言なのかもしれない。
何度も繰り返されるその言葉が彼らの耳に届かないように僕は大きな声で子供たちに話しかける。
その僕の声を母がとがめる。やれやれ、やれやれ。
食卓が楽しくない。