ある場所を見つけるために。

ある場所を見つけるために。

今日の夕刻、遠方に沈む太陽を見失いました。
過ぐる2013年の9月。

見失っても構わないモノ、見失ってはならないモノ。

過去のどこかで、深くえぐり取られ、どこかに隠された僕の「何か」を見つけるために。
ある場所を見つけるために。

僕が試すこと。

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2013年9月の神戸クリスタルタワー

2013年9月の神戸クリスタルタワー

1993年に建てられたJR「神戸」駅の南にある地上32階、塔屋1階建ての高層オフィスビルはおおよそ135mの高さでそびえ、約6,300枚の高性能熱線反射ガラスを採用した「カーテンウォール」をまとった建物で、このビルに映る光景は僕をいろんな意味で楽しませてくれます。
時には2つ月を、時にはゆがんだ光景を、時には見えない雲を、時には夕陽を、時には眩しい光を映し出します。

2013年9月の最後の日曜日には蒼穹を背景に雲を映し出していました。

「神戸ポートタワー」をどう表現するか、についての一考察。

「神戸ポートタワー」をどう表現するか、についての一考察。/2013年9月(1) 2013年9月の「神戸ポートタワー」

「神戸ポートタワー」をどう表現するか、についての一考察。/建設の資料(社団法人神戸港振興協会)(2) 建設の資料(社団法人神戸港振興協会)

「神戸ポートタワー」に関しては2012年5月16日のblogに書いたのだけれど、blogでは思ったほど「神戸ポートタワー」の画像をuploadしていないのはどこにでもあるような切り取られた表現になることに僕が少しばかり倦厭しているということもあって、もちろん、僕よりずっと優れたレンズとカメラと感性で撮影する人がいて、これってすごいなっていう「神戸ポートタワー」の「画」を見ることもあります。

一考察というほど、過剰に考えぬいたわけではないのだけれど、画像であっても文章であっても音であってもどのように表現するかという難しさはどんな対象にも存在するので、どこまで対象を研究するかということも含めて、その対象にどれほど好意を持つかという、勝手で一時的で流動的な思いを導きだす僕はそれを誰かに押し付けようとは思わない。

けれども、僕は「社団法人神戸港振興協会」が非売品として発行した「神戸ポートタワー」という資料にある”PORT”という文字の影を伸ばした上空からの写真を、まあ、こういうのは一般の人が簡単に撮れるわけではないことを理解した上で、気に入っている。

ただ、仮に機会があっても、「神戸ポートタワー」の上空からの撮影はちょっと遠慮しておこうと僕は思います。

細隙

細隙

建物と建物の間にできた光にとっては「細隙」と呼ぶほど「細い」わけではないのだけれど、僕にとってはこの隙間を通り抜けることはできない。

通り抜けなければならない場所は今の僕にはありずぎて、光や空気や電子のような適応性も修正手段も持たない僕は今は「影」を選びたい。

ただ、それだけの、こと。

静寂と光

静寂と光
深い静けさの沈む神社の境内に手水舎で手や顔を洗い清める水の音だけが聴こえてきます。

水にも人の都合で名付けられたいろいろな水があります。
「忘れ水」、「振る舞い水」、「手向け水」、「天水」、「山水」、「滞水」、「覆水」、「萍水」、「碧水」、そして「垂水」。