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2012年の「イカナゴのくぎ煮」

2012年の「イカナゴのくぎ煮」
春を「血管」に例える記述は過去の文献において多く見られる。
今日の神戸はまるで雲が地面近くまで降りてきたように薄い灰色に包まれていた。

2月27日にイカナゴ漁が播磨灘と大阪湾で一斉に解禁され、実家の母が「イカナゴのくぎ煮」を作って持ってきてくれた。
季節外れの2011年11月7日にblogで垂水駅東広場にあるイカナゴのモニュメントのことに触れたのだけれど、イカナゴ漁が解禁され、実家近辺の各家庭で「イカナゴのくぎ煮」を作る匂いが漂い始める。そうするといつも季節としての「春」を実感したものだ。
*「イカナゴのくぎ煮」については「垂水駅東広場にあるモニュメント」について書いた際のblogで少し詳しく記述したのでここでは触れない。

イカナゴが少し大きくなってから「くぎ煮」を作る家庭もあるのだけれど、僕の母はイカナゴ漁の解禁直後のイカナゴがまだ小さい時期に作る。

今年は5kgのイカナゴを買ったそうだ。

この「イカナゴのくぎ煮」は冷凍庫で保存すれば、かなりの長期間に渡り、食卓で味わうことができる。

これさえあれば、炊きたてのお米をもっともっと楽しく食べることができる。
「おかずなんてなくったって、平気さ」って思ってしまうのだ。