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4年に1度の1日長い2月最後の日/2012年

4年に1度の1日長い2月最後の日/2012年
「4年に1度の1日長い2月最後の日/2012年」というタイトルをつけると、僕が卒業した大学でゼミを担当してくれた教授はきっと「拙劣なタイトルだ」と指導することと思う。
この教授には大学生活の3年目と4年目と卒業論文のお世話になった。

卒業論文を書き上げて、そのゼミの卒業論文完成パーティみたいなものを教授主催で行ってくれた(と思う。その辺り少し記憶が曖昧なんだけれど…)。
その中で、ゼミに所属する生徒各自が論文の表紙をつける前に、「自分の論文のタイトルにどのようなモノを考えているか」を発表するという素敵な気遣いを示してくれた。

教授は僕の考えたいくつかのタイトルをまるで時間が経って飲む関心を失った炭酸飲料を捨てるように「美的感覚も洗練された表現力もない」として却下し、彼は「修辞学的にみて、僕個人としては気に入らないけれど」という前置きをして、タイトルの案を示してくれた。

彼の言う「個人としては気に入らない」という部分は「”の”の連続」「”修飾語”の連続」にあったのだけれど、結局、僕は教授のアイデアをそのまま卒業論文のタイトルとして頂いた。

「”の”の連続」「”修飾語”の連続」はジャストシステムの日本語入力システム「ATOK」でも警告として表示される。
今日のblogのタイトルは「4年に1度の1日長い2012年の2月最後の日」とするはずだったのだけれど、ゼミの教授に敬意を表し少しだけ変えた。

過去に書いたblogにも「”の”の連続」表現は結構登場しているので、今さらここで「ゼミの教授への敬意」を含めたところで、彼への「敬意」なんて言えないのだけれど、ね。

さて、昨夜降った雨が上がって、曇り空から晴れ間の多い一日に変わった神戸の街の空に(「”修飾語”の連続」の警告!)、空にいくつかの飛行機雲を見つけることができた僕は夕刻の空を1時間ほど眺める。

いくつかの細い飛行機雲が形を変え広がっていく中に飛行機雲が1本の夕陽に向かって直線を描くのを見た。

中学生、高校生の時から沈んでいく夕陽を眺めながら、学校や最寄り駅から歩いて家まで帰ることができる日々がとてもとても好きだった。

つまらない内容のblogになってしまったけれど、最後まで読んでくれた人に、
「ありがとう。また、時々、読んでくれると嬉しいな」。