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雑文

1965年の「2月20日」/祖母と母と弟と僕、そして父

1965年の「2月20日」/祖母と母と弟と僕、そして父
僕の幼少の頃のアルバムに父が万年筆で書いた「昭和40年2月20日」という小さめだけれど、父の性格を表すような文字がある。
母にとっても父にとっても僕は年齢的に遅い子育てに属する子供だった。

2月20日は昨日の日付だ。
昨日はblogにパン工房「ファンベック」の「ラウンド食パン・メープル」を美味しく食べたことを書いたので、まるで急に晴れ間の出た日にどこかに置き忘れてしまった傘くらいに、この写真の存在に注意を払うのを忘れていた。

左側の写真には弟を抱き上げている母とそれを見つめる父方の祖母と寒さの中に立ちすくむ半ズボン姿の僕が写っている。
右側の写真には「ストローラー」とは上品にも語れない「乳母車(僕も使った)」に乗った弟とそのハンドルの輪の中にくぐるように入っている僕がいる。

撮影したのは父である。
父は弟が生まれるときには仕事でアメリカへ行っていたし、長期の出張も多かったので、この日は何か特別な日だったのだろう。この日の写真はこの2枚を含めて計6枚ある。

借地に建つ薪で風呂を沸かすような古い平屋に住んでいた僕たちにとって、父の持っていたハーフサイズカメラ(どこのメーカーのモノかは忘れてしまった)は貴重なモノであったに違いない。

僕の着ている服は「おさがり」が多く、しかも「女のコ」が生まれるだろうと周囲が思っていたらしく、この写真で着ている服の一部は「女のコ」用の服だ。母は頂いた服の中から、できるだけ「男のコっぽい」服を着せていたようだ。

遠い昔の物語です。

“人はだれでも休憩がとれる。だが、それがどれくらい長くなるかは、だれにもわからない(カート・ヴォネガット・ジュニア「猫のゆりかご」、翻訳:伊藤典夫、1979年、早川書房)”

父はもう長い休憩に就いている。

* blog内、全て敬称略です。